Kamemushi Slider

ラリー船長が贈る、カメムシ・シリーズの3部作。いよいよ第3部の物語が始まります!


#00 Openning Talk

前回、このHPで「カメムシ・トリップ」というお話を書かせていただいた。略して「カメトリ」と呼んでくださる方もいた。今回のタイトルは「カメムシ・スライダー」。略して「カメスラ」である。正直なところ、こんなに長くカメムシの話を書くつもりはなかった。カメムシが特別好きというわけではないのだが、物語を書いていくうちに、カメムシが人間だけでなく、全世界で生き続けてきた生命力の強さに目を向けるようになってしまった。いつしか、彼らの凄さを見直す機会ともなった。今回は前作「カメムシ・トリップ」の続編ではない。物語のベースは仙台に実際にあったバンド、スターライトアベニューバンドの活動をもとにフィクションを織り交ぜた物語とはなるが、不思議な能力を持つカメムシと現代の若者タケルが出会い、スターライトアベニューバンドのいた時代にタイムスリップし、貴重な体験をしていくタイムトラベルものを書こうと思っている。途中で「もう無理!」と挫折せず完走される方は多くはないと思うが、恒例(?)となった「#00」から始まり、「#30」を目指して書き進めるつもりでいる。お時間のある方はぜひご覧ください。新しい物語「カメムシ・スライダー」始まります!


#01 Kamemushi Slider " Midnight Park"

 蒸し暑い夏の夜だった。音楽好きの大学生、タケルは近所の公園でギターを弾いていた。熱中症も多発する日本でエアコンの効いた部屋で過ごすべきだとうるさく遠くに暮らす親からは言われるが、どうしてもオリジナル曲のインスピレーションが湧かず、外の空気を吸いたくなることが多かった。コロナで人々はすっかり家にこもってしまった。親も自分が家にいるのが多くなり、外にでると危険で危ないと言うようになり、音楽が好きでライブが見たいとか、ライブに出演したいとか親に気軽に話せなくなった。友人たちも、すっかり興味の矛先はYouTubeである。タケルは公園のベンチでギターでコードを鳴らしながら、ふと視線を上げると、目の前の草むらにある岩の上で、小さなカメムシがぽつんと自分を見ているのが見えた。「俺の今夜の客はカメムシ1匹か…」とタケルはつぶやいた。よく見ると、カメムシは妙にギターのコードを弾くのに合わせて触角を揺らし、どこか音楽を楽しんでいるような雰囲気もあったりする。

 「次の曲は、バラードです」とタケルが思わず声をかけると、カメムシはピクッと動きを止め、まるでタケルの言葉を理解したかのように横になって足を組んで寝ころんだ。すると、次の瞬間、カメムシが岩の上から滑り落ち、地面にころころと転がった。

「いやあ、こけるカメムシ、初めて見たわぁ」

 そうタケルが笑った瞬間、驚くべきことが起こった。カメムシが地面にぶつかりそうになった瞬間、まるで消えたかのようにぱっといなくなったのだ。

「えっ? 消えた!?」

タケルは急いで地面を探したが、カメムシはどこにもいない。ほんの数秒前までそこにいたはずだったが、瞬きの間に飛んだのか?まるで瞬間移動のように姿を消していた。タケルは「見間違いかなあ」と頭を掻きながら、もう一度周囲を見渡す。

 何も変わらない公園の風景。静かな夜の風が吹いただけで、他に変わった様子はない。諦めてもう一度ギターを弾こうとしたその時、タケルは肩の上に再びさっきのカメムシがいることに気づいた。振り払おうとしたが、手に臭いがつくのがいやで、そのまま様子をうかがった。「カメムシくん、次の曲はバリバリのロックです」と冗談半分でつぶやいた。すると、次の瞬間、カメムシがふわりと起き上がり、右腕を突き上げながら、言葉を発したのだ。

 

「ロックンロール」

 


#02 Kamemushi Slider " Time Travel"

「……え、何!?」

 

タケルは驚いて飛び上がった。カメムシが語った!? 疲れすぎてるのか、いや、疲れてない。タケルは寝て起きて夜にギターを公園に弾きに来ただけだ。カメムシが言葉を発するわけないのだ。するとカメムシは変な声でタケルに語りかけてきた。

「驚いたか? 無理もないよな。俺、カメムシ。このベンチ、俺の家なんだけど」

カメムシが触角を揺らしながら人間のように話しだす。タケルは言葉を失ったまま、ベンチから離れて地面に座り込んだ。カメムシがタケルの肩から飛んでベンチに降りる。その小さな存在は、確かに自分の目をまっすぐに見ている。

「お前、何者…?いや、これ、どっきりか何かかな??」とタケルが質問すると、カメムシは

「名前?カメムシだぜ。ただ、俺は特別なカメムシ。ベンチって、みんなに呼ばれてる」と言った。タケルは「ベンチって、おまえのことじゃなくておまえが家だと思ってる、このベンチをみんながベンチって呼んでると思うぜ」と言った。カメムシがしゃべるだけでも異常なのに、カメムシにツッコミを入れてしまった。しかし、カメムシと会話するなんて、頭がついていけない。

「そうか。俺をベンチってみんなが呼ぶ理由、わかったぞ。ありがとな!代わりに暇だから教えてやるが、おまえさ、俺がコケたりするとこ見たろ?俺は予期せぬ時に滑るように転ぶとさ、時間や場所がその時に興味がある場所に移動してしまうんだ。さっきそれで消えたように見えたわけ。バラードって、さっき言ったろ?バラードって聞いて連想したのが悲しみだったから、戦国時代にちょっとだけスリップ、タイムトラベルってことだけど、時間旅行してきちゃったんだよ」と、カメムシは触角をさかんに振りながら語りだした。タケルは尋ねた。

「じゃあ、さっきどれぐらいタイムトラベルしてたんだ…?」

「ああ、人間の時間では、たぶん3年ぐらい。すぐ戻ってきたように見えたろうけどね」

とカメムシは答えた。タケルは頭の中が混乱して、もう帰って寝ようかと思ったが、この不思議なカメムシと出会ったことを人に話したら、夢でも見てたのかと誰も取り合わないだろうとも思った。カメムシはいま夢に出ているのだ、自分は実は部屋で寝ていて夢を見ているのだとタケルは自分に言い聞かせた。するとカメムシが言った。「君の音楽は嫌いじゃない。またここに来いよ。それで今日の続きを歌ってくれないか」と。タケルは、はっとしてカメムシと会話した。

「君が僕の一番、最初のお客さんだよ」

「なるほど、なるほど。それじゃあ、俺のことはベンチと呼んでくれ。君の才能、これから試されるかもしれない。明日は俺とタイムトラベルしてみようか」とカメムシは言うと、軽く宙をゆっくり一回転飛んで、ベンチの上に乗った。

「俺は君をなんて呼べばいい?」

カメムシに尋ねられ、タケルはこれは夢だからと自分に言い聞かせながら「タケルでいいよ」と答えた。カメムシは軽くうなずき、タケルに言った。「タイムトラベルに行くなら、明日の今ぐらいの時間ここにおいでよ。きっと面白いことが待ってるぜ」と。


#03 Kamemushi Slider " Starlight Avenue Band"

 いま、この物語を読んでいる皆さんは見知らぬカメムシとタイムトラベルに行くとなったらどんなものを持っていくだろうか?翌日タケルは、カメムシとタイムトラベルする準備をしていたが、いざ荷物を詰めようとすると何を持っていけばいいかさっぱり思いつかなかった・・。あれこれ考えた上、「俺、大丈夫かな?そもそもカメムシとタイムトラベル?戦国時代に行って、武士に喧嘩を売られるかもしれないとも思うけど、武装してタイムトラベルに行くわけにもいかないしなぁ...」と、頭を悩ませた末、結局、普通の宿泊道具ぐらいしか思い浮かばなかった。

 その夜、カメムシに会おうとタケルは宿泊道具を持ってカメムシを探したがカメムシは見つからなかった。結局、あのカメムシにあったのは夢だったんだなとあきらめるのと、多少の安堵感を感じながら家に宿泊道具を置きに行って、昨日のようにギターをもってまた公園へ向かった。カメムシが現れないことを悟り、タケルは『つかの間の夢だったな』と呟きながらベンチに座って、憧れのバンド「スターライトアベニューバンド」の曲を弾き始めた。心地よいメロディーが公園中に広がり、演奏を終えると、突然「いいねえ」との声と小さな拍手が聞こえた。振り返ると、カメムシがそこにいた。「やっぱいたんだな、カメムシのベンチくん。最高なんだよな、この曲。スターライトアベニューバンドってバンドの曲なんだ。俺、ずっとファンなんだ!」とタケルは語り始めた。カメムシは「へえ」と言って、静かに頷いていたが、ふとタケルはタイムトラベルの話を思い出し急に疑問が思い浮かぶのだった。「そういえば昨日言ってたけど、本当にタイムトラベルできるのか?」と問いかけた。カメムシは少し考え込んだあと、「できるさ。昨日だって戦国時代に3年も行ってきたもの」と返答した。

 タケルはタイムトラベルが本当に出来るのか確かめたくなり、カメムシに質問した。「戦国時代はどんな感じだったんだ?詳しく聞きたいな!」と。タケルは日本の歴史が好きだったので本当なのか、話を聞いて判断したくなった。カメムシは悲しそうに腕を組みながら「楽しいことばかりじゃない時代だな…」と語り始めた。戦国時代にタイムトラベルした際、彼が目の当たりにしたのは、ある村での悲劇だった。そこでは戦争(いくさ)があり、焼けた田畑に食物が育たず飢饉となり、人々が食糧を求めて必死に生き延びようとする様子が生々しく語られ、カメムシはその光景の中で、人々に励ましの歌を聴かせる、おりょうという女性の歌に深く心を打たれたという。「時間旅行ってのは、楽しいだけじゃないが、いまタケルの歌を聞いて平和っていいなあと心から思うよ」としみじみと語るカメムシの言葉に、タケルも思わず真剣に身を乗り出した。

 タケルはカメムシに尋ねた。「ところで、タイムトラベル先って選べるのか?」とタケルが再び質問すると、カメムシは首を振り、「選べないんだよ。僕が興味を持った場所に自動で転送される感じなんだ。しかも僕だけタイムトラベルになるかもだし、タイムトラベルの瞬間に君に触れてれば君もタイムトラベルできるだろうけど」と答えた。驚いたタケルは「じゃあ、俺に触れてくれ!今は何に興味を持ってるんだ?」と聞くと、カメムシは即答した。「さっき君が歌った曲。スターライトアベニューバンド?」と。タケルは興奮した。「最高じゃん!すぐタイムトラベルしよう、今すぐだ!」とタケルは叫んだが、カメムシは困ったような顔をして言った。「いや、それが…昨日のように、本当に自然に僕が滑ったり転んだりしないとタイムトラベルできないんだよ」と。タケルは「じゃあ転ぼう!」と言ったが、カメムシは「わざと滑ったり転んだりではタイムトラベルは無理なんだよ」と言った。

 タケルは単純な性格だった。「じゃあ、何とかして転べばいいんじゃないか?」と思いつき、近所のスーパーへ走って行った。「じゃーーん!」と言って、カメムシに買ってきたサラダ油を見せた。「ちょっと待ってろよ!」とタケルは公園の岩の上にサラダ油を親指で塗り、カメムシをそこに誘導した。「ほら、滑れ!滑れ!これで滑って転びながら俺に触れてタイムトラベルしよう!」と無邪気に提案するタケルだったのだが、カメムシは足をちょっとつけると、足が油でベタベタになり、「これ、べたべたして気持ち悪いよ」と不機嫌になるのだった。

 結局、カメムシとタケルは何度も試したが不自然にカメムシがずっこけるだけで、すっかり真夜中になり「今日はやめようか」と疲れ果て、カメムシも「スターライトアベニューバンドへの興味が失せて、油がやだなあとしか思えなくなったよ・・」とつぶやいて岩の上に座り込んだ。

 タケルはぼんやり公園のベンチに座り、サラダ油で滑らせようとした自分のアイデアがいかにしょうもなかったか実感してカメムシに謝るのだった。そして、翌日また頑張ってみようとカメムシと約束し、タケルは家に帰った。玄関には宿泊道具が無造作にあり、スターライトアベニューバンドのカセットがバッグの中に入っていた。彼は部屋にもどり、聴きながら眠るのだった。


#04 Kamemushi Slider " The Cassette "


STARLIGHT AVENUE BAND 

DEMO TAPE "CROSS ROAD"

 タケルは、翌日スターライトアベニューバンドのカセットテープと小型のラジカセを持って、カメムシに会いに公園に行った。カメムシはラジカセから流れる音楽に耳を傾けて、触角を揺らしながら「すごく、いいね」と興味を示した。タケルはカセットを流しながら「何度も何度も聴くとカセットテープは延びちゃうから、このカセットテープはダビングして聴いているんだ。今ではダウンロードが主流だから、ダビングなんてほとんど聞かなくなったよね。」と言った。しばらくの間、タケルとカメムシは静かに音楽を聴いていたのだが、軽快なリズムとポップなメロディーが公園に響き渡ると、カメムシが踊りだした。

「なんかさ、楽しくなってきちゃった」とカメムシは両足を揺らしながら言った。「どこでこのバンドを見つけたの?」とカメムシ。タケルは感慨深げに「実は僕、カセットテープが好きでさ、今の時代、ほとんどの人はYouTubeやダウンロードとかCDで音楽を聴いてるけど、僕はカセットテープが好きで。だから、いつも気に入った音楽は、カセットに録音して聴いてるんだ。」と答えた。カメムシはスターライトアベニューバンドのカセットテープが入っていた透明なケースの上にゆっくり飛行しながら飛び乗って「なんでカセットなの?」と質問した。タケルは「うん、なんて言えばいいかな。カセットの音は、デジタルより温かみがあって、ちょっとノイズが混じるところもいいんだよ。まるで空気も一緒に録音されているみたいな気分になるんだ。初めは自分のオリジナル曲を実家にあったラジカセでカセットテープに録音してみてから、今度は昔カセットテープが普通に売られていた時代のカセットテープを探すのが好きになってさ。町はずれの中古レコード屋で、このスターライトアベニューバンドのカセットをたまたま見つけたんだよ。」と答えた。タケルはカセットのケースに貼られている中古レコード屋の説明文をカメムシに読んで聞かせた。「”1990年代のネオアコバンド・スターライトアベニューバンド”と書かれている。それ以外、情報がないんだ」とタケルは言った。カメムシはその文字を見て「へぇ、そんな昔のバンドなのに、なんか古さをあまり感じないなあ」と感心したように言った。続けてタケルは「そうそう。でも不思議なことに、いくらネットで調べてもこのバンドの情報がほとんど出てこないんだ。それがまた特別に感じさせてくれるよ。俺、たくさんカセット持ってるけど、スターライトアベニューバンドは曲もすごくポップで、聴いてて飽きないんだよ。」と言った。カメムシは「いいな、君の家につれてってよ。カセットテープのコレクション見てみたいな」と呟いた。タケルはティッシュを丸めて、「いいよ」と答え、カメムシを筋斗雲にのる孫悟空のようにティッシュの上に乗せ、自分のアパートに連れて行くことにした。カメムシも臭いをタケルにつけるのがいやだったので、そのアイデアを気に入ってタケルを信頼してティッシュの上に乗るのだった。公園の近くにあるタケルのアパートは、古くて広くはなかったが、タケルにとっては初めて親元を離れて暮らしたばかりの居心地のいい空間だった。カメムシはリビングでティッシュの筋斗雲から降りた瞬間、驚きの声を上げた。

 「す、すげえ……!」

 リビングには、カセットテープがまるで家の中に小さな山があるかのように積まれていた。棚からはみ出したテープが床にまで広がり、この山の上に登るのは命がけの登山になるなあとカメムシは思った。その一つ一つがタケルによって大事に集められてきたものだが、タケルはその中でも”スターライトアベニューバンド”が一番いいと言っている。

 カメムシはよくもこんなに集めたと驚きで言葉をなくしていた。タケルはカメムシに言った。「これが僕の宝物。カセットテープはプレミアなんかなかなかつかなくて、子供の頃からお小遣いで買えるような感じだったんだ。いろいろなところ、リサイクルとか中古レコード屋で見つけて、どんどん増えてこうなったんだ」とタケルは笑顔で言った。カメムシはカセットの山を眺め「タケルって本当に音楽が好きなんだね。正直ここまでたくさんあると思わなかった」と呟いた。その言葉にタケルは嬉しそうに微笑むのだった。


#05 Kamemushi Slider " NOAH"

 その後、カメムシはカセットテープの山を見上げた後で、台所の冷蔵庫の下の床に、冷蔵庫から漏れ出している水滴に目を留めた。それは、カメムシの頭上に「!」のマークがはっきり浮き出ているようだった。乾燥した空間で過ごしていた彼にとって、その水滴はまるでオアシスのように見えた。人間には単なる水滴だが、カメムシには砂漠のオアシスそのものだった。カメムシが恍惚な表情で冷蔵庫から漏れ出している水滴に向かって飛び上がった。

 「v( ̄Д ̄)v イエイ!」と心の中で絵文字を浮かべながら、キラキラと輝く水に向かって勝ち誇ったように全速力で突っ込んでいく。これが僕の青春だ!と言わんばかりに。

ところが、その瞬間——。

 「バチーン!」

 突然、予想外の衝撃がカメムシを襲った。なんと、飛行中にタケルの部屋にあったギターの弦に足を引っかけてしまったのだ。ギターが大きな音を響かせ、部屋中に「ベーン!」と派手な音が鳴り響いた。隣の部屋のアパートの住人が「うるさい!」と壁越しに言う。カメムシはその声に驚いて目を見開き、「これはまずい!」と慌てふためいた。

 「わわわわっ!」

 バタバタと羽根を動かして何とか逃れようとしたが、逆にバランスを崩し、回転しながら、弦から体がはじかれたのに弦にまたぶつかった。その瞬間、何度もトランポリンのように弦にぶつかり、部屋中にベンベンベンベンという弦の音が三味線のように鳴り響いた後、カメムシは床にドサッと落下した。

 カメムシが気がついたとき、目の前にギターではなく、巨大な巨大な大型の木の『箱船』が浮かんでいた。水がどこまでも広がり、カメムシはあ然としながら箱船の木にしがみついていた。箱船が陸につくと動物たちが次々と陸に降りてくる。そしてその中心に、おだやかな男性が立っていた。彼の家族が彼に声をかけている。「ノア!」と。カメムシが「!」と声にならず驚いていると、ノアがカメムシを見て、優しく空を指さした。そこには大きな、大きな虹があった。

 カメムシはその時代にしばらく留まり、ノアの箱船から出てきた多くの動物たちと共に過ごした。空にかかる大きな虹を見上げて、ノアとその家族、動物たち、カメムシはその美しい光景を見ながら陸の上を自由に歩き、飛び回り、走り回った。カメムシにとっては、壮大なタイムトラベルだったが、部屋にいたタケルにとってカメムシが消えていたのは一瞬だった。カメムシは消えてすぐタケルの部屋にあるギターの真下にあらわれて、カメムシを探していたタケルは「踏まなくてよかった」と安堵した。「ベンチは今どこに行ってたんだ?もしやタイムトラベル?」とタケルが目をこすりながら聞くと、カメムシは笑顔で話し始めた。「冷蔵庫の水滴に夢中になってたら、ノアのいる時代にタイムスリップしていたんだ!」と。タケルは驚きながらも「いいなあ!俺もタイムトラベルしてみたいよ」とつぶやくと、カメムシは楽しげに続けた。「ノアと一緒に見た虹はすごかったよ。やっぱり神様、すげえなあ!とてもとってもきれいだった!水に惹かれてタイムスリップして、まさか本当に見れるなんて。」と。タケルは驚きながら、それでも少しづつカメムシが滑って転ぶとタイムトラベルするとのことが本当に起きてるんだなと、実感するようになりつつあった。まだ半信半疑ではあったが・・。それから数日後、ついにタケルもカメムシとともにタイムトラベルの瞬間がやってくるのであった。


#06 Kamemushi Slider " SLIDER"

 タケルとカメムシは数日間、スターライトアベニューバンドのカセットテープを公園で聴いて過ごしていた。ある日、タケルが「ああ、会ってみたいなあ」とつぶやくと、カメムシはテープの透明なケースの中に入り、楽しそうに遊んでいた。

 スターライトアベニューバンドのカセットにメンバーの写真はなく、歌詞カードもない。カセットテープに内封されている紙に曲名とメンバーの名前が書かれている紙が一枚入っているだけだった。そこに書かれていたのは、

 アルバム名:クロスロード

 ギターボーカル:チャーリー ベース:ジョリー ドラムス:キース

 タケルはカセットテープの中に入っていた紙をじっくり眺め、なくさないようカセットの中にしまおうとそのケースを持ち上げた瞬間、カメムシが中に入っていることに気がつかず、カメムシがケースの中で「わわわわわ!」とあわてながら滑り、ケースのわずかに空いた隙間からタケルの手のひらに落ちてしまう。次の瞬間、タケルとカメムシはついにタイムスリップしてしまうのだった。

 タイムスリップしたその先で、タケルは自分がカメムシと同じサイズに縮小していることに気づき、軽くパニックになった。やたらまわりが騒がしく、カメムシにタケルは必死で「なんだこれ、俺小さくなってる?!」と叫ぶが、カメムシはまるで聞こえない。タケルはカメムシの耳元に口を近づけて「俺の体どぉなってるんだ?!」と叫ぶ。しかし、不思議なことに、こんなに近づいて話しかけているのにカメムシの臭いが気にならない。タケルは実は自分もカメムシのような臭いを発していることにまるで気づいていないのだった。

 それから大勢の人々の足が見え、避難しないとあやうく踏まれそうになった。あたりを見上げるとそこはライブ会場の客席のど真ん中だった。ステージ上では、ダークで妖艶なロックを演奏するバンドがいた。カメムシは「これ、スターライトアベニューバンドじゃないよね?」とタケルに尋ねた。タケルは「うん、ここ数日ずっと一緒に聴いてたから、よくわかってるねえ」と答え、カメムシは「こんなにうまくないもん」とカメムシはつぶやくのだった。 

 カメムシは壁をするすると登り始め、タケルも試しに壁に手をこすりつけてみると、驚いたことに吸盤のように手や足が貼りつき、簡単に壁を登れることがわかった。「もしや俺、カメムシ化してね?」とタケルは不安になりながら低い声でつぶやき、不思議なほどにするすると壁を登ってライブ会場を見下ろした。

 ステージ上のバンドは大学の軽音楽サークル・カノンブラザーズを代表するバンド「バスケッツ」。この日の大トリだ。彼らの演奏が終わると、会場は大きな拍手喝采に包まれた。カメムシが「バスケッツってバンド、タケルは知ってる?」と聞くと、タケルは首を横に振った。にしてもとても演奏のクオリティが高く、特にバンドのボーカルのキックは、イギリス人と日本人のハーフのようでとてもかっこよく、みんなからとても人気があるようだった。

 バスケッツのライブが終わり、タケルもカメムシも人々に踏まれないよう誰かの足の甲の上に乗っかって会場を出ると、そこは仙台に古くからある大学のキャンパスのホールだった。入口には「大学祭ミュージックフェス2DAYS」と書かれてあり、たくさんの出演者が模造紙に手書きで書かれていた。初日のトリはバスケッツ、2日目のトリはスターライトアベニューバンドと書かれてあるのだった。その足の甲の人間には全く気づかれずに、タケルとカメムシはそっとハイタッチした。ようやくスターライトアベニューバンドに会えるのだ・・とタケルの胸は高鳴った。


#07 Kamemushi Slider " SMILE"

 その夜、タケルとカメムシは暖をとりに、どんと祭の看板を見て焚火にあたりに行った。壁を随分よじのぼったので疲れた身体を休めるようにタケルもカメムシも焚火に当たってなごんでいた。雪がちらつく冬の夜だったが、焚火のおかげで芯から温まり「明日はついにスターライトアベニューバンドのライブが見れるなあ!」とタケルは目を輝かせた。そして十分、体が温まってからタケルがふと自分の臭いを嗅いで「あれ?なんでこんなに俺、臭いんだ?」とカメムシに真顔で尋ねた。カメムシは肩をすくめ、「ああ、それね。タイムスリップすると服だけ古くなるんだよ。たぶん30年くらい洗濯してないみたいな臭いになっちゃってない?」とニヤリ。タケルは「この服、気に入ってたのになぁ、どんと祭の看板に平成4年ってあったけど、西暦だと1992年だよなぁ!30年以上も前に来たのか」と苦笑したが、カメムシは続けて「でも、元の時代に戻れば服は元通りになるから安心しなよ」とあっさり答えた。タケルは「でもそれ、どうして知ってるの?」と聞くと、カメムシは「江戸時代のおりょうと一度、江戸時代から現代にタイムスリップしたことがあるんだ。その時は逆に服が300年くらい新しくなって、江戸時代の着物から宇宙服みたいなのに様変わりして、おりょう驚いてたよ」と答えた。タケルは「俺以外の人間とタイムスリップしたのは何人ぐらいいたの?」と聞くと、カメムシは「君と、おりょうだけだよ」と照れ臭そうに答えた。タケルはカメムシにとっては、限られた特別な友達の一人かのように言われて、なんだか嬉しかった。

 翌日、タケルとカメムシは期待に胸をふくらませながらライブ会場へ向かった。昨日出演していた大人気のバンド、バスケッツのボーカルのキックも、スターライトアベニューバンドを見に来たと受付で話していた。そんなに注目のバンドなのか。スターライトアベニューバンドが出るまでタケルとカメムシは、競馬場で馬券を握りしめる人たちのように「まだか、まだか」と登場を待っていたのだが、ようやくその時が来た。フォークソング研究会のイベントの最後の出演者・スターライトアベニューバンドが楽屋から登場。しかし、タケルとカメムシが目を向けた瞬間、なんと、3人の若者が上半身裸で、ギターを持ったまま「へっくしょい!」とこの真冬の寒い会場に何度も鼻をかみながら現れたのだった!

 会場がざわめく中、スターライトアベニューバンドはすさまじい音量で演奏を始めた。観客たちはその衝撃に圧倒され、騒然となった。

 そして、曲の間に沈黙が出来た時、誰かが言った。「ギターのシールド短すぎないか?」と。

 ギターボーカルのチャーリーがその質問にクールに答えた。

 「俺たち、バイトしてっけど、まだ金なくて、15cmのシールドしか持ってねえんだ!」と。それを聞いたその日の出演者たちは慌てて、「そりゃ短すぎるだろ!これ使えよ」と長いシールドをステージに走ってきて手渡そうとしたが、ベースのジョリーは「いいんってば!次のバイト代が入ったら、俺たち絶対3メートルのシールド買ってやる!今に見てろ!だからすぐ聞け~!」と気合を入れて次の曲の演奏を始めるのだった。

 チャーリーとジョリーは15センチのシールドをギターからギターアンプに刺し、まるでギターアンプにぴったり寄り添うように演奏していた。会場中の観客が大爆笑。「スターライトアベニューバンド最高!」という声が響き渡ったが、まったく女性ファンは一人もいない。 

 そしてドラムのキースはガムをかみながらスティックをくるくる回そうとして大失敗。スティックは勢いよく飛んでいき、扉を開けたばかりの大学の先生のカツラに直撃!カツラがふわっと宙を舞い、観客の笑い声が止まらない。先生はまわりで大笑いする学生たちに向かって「なんだお前ら!見世物じゃねえぞ!」と顔を真っ赤にして怒鳴るのだった。

 次の瞬間、すべての元凶であるスティックを叩き割りながら先生はステージに突進してきた。チャーリーとジョリーが「やばい!キースを守らなきゃ!」と必死で先生を止めようとしたが、二人がタックルをして止めようとすると同時に、ギターのシールドが15cmの短さでビヨーンと引っ張られ、ギターアンプが床に落ち、プシュ〜!と煙が上がり、会場は一瞬で静まり返った。

 チャーリーは煙を見て一瞬固まった後、「あ、アンプが壊れた!みんなで借りた、有料レンタル機材なのに!」とつぶやくと、観客の一人が「先生の乱入でライブがめちゃくちゃだ!」と嘆いた。すると、先生は顔を真っ赤にしながら「全員、ヅラのことは黙ってろ!絶対、黙ってろ!アンプ?弁償する!だから黙ってろ!」と怒鳴り返した。チャーリーはマイクを手に取り、会場にいる観客に「もうみんな、ヅラのことは黙っておこう!」と言った。観客は「いやだ、黙れない!」と答える。先生は「お前な、俺をフォローしてるように言ったが、もうとはなんだ、もうとは!学校中にいま”ヅラのことは黙っておこう”その声がやけに響いたじゃねえか!」と吠え、会場からは「その先生の今の声も完全にオンマイクだよ」と誰かが言い、会場中が大爆笑に。

 結局、スターライトアベニューバンドは1曲も演奏せずに中止となり、タケルとカメムシも、観客と共に笑い疲れ「スターライトアベニューバンド、最高にカオスだな」と床に寝ころんで、お腹をかかえて笑っていた。スターライトアベニューバンド。彼らは何の型にもはまらない、突き抜けるほど自由で、タケルの想像の斜め上を行く、楽しいバンドだったのだ。


#08 Kamemushi Slider " TOUR"

 大学の学食で、スターライトアベニューバンドのチャーリーとバスケッツのキックが並んで座り、にらみ合いながらご飯を食べていた。キックの周辺には、「あの人かっこいい」とひそひそ話す女性たちが遠くから取り巻いており、チャーリーの周りでは「おーチャーリー!」と肩を叩いてくる男子学生があとを絶たない。

 キックが沈黙を破り先に口を開いた。「おい、スターライトのチャーリー。大学の音楽サークルで頑張ってる若手バンドってのは、俺たちバスケッツとお前らスターライトアベニューバンドだよな。おまえらのライブ見たぜ。でも、俺たちカノンブラザーズの大先輩のバンド『ネクストバッターズ』には絶対に敵わないよ。先輩たち、メジャーデビューが決まってるみたいだし、今も宮城県中のあちこちから出演依頼がきて、ライブのたびに大盛況してるらしいぜ。」と。

 チャーリーはご飯をほっぺにつけながら、気にも留めずに「ふーん」と返事をする。まったく興味のない様子に、キックは苦笑しながらつぶやく。「確かにおまえらのライブは楽しいけど、昨日もぜんぜん演奏してなかったじゃん」と。チャーリーはニッと笑って、「ありゃあ、能ある鷹は爪かくすだろう?俺たち今レコーディング中だから、それが終わったらツアーに行くんだぜ。」と答える。「ツアー?」キックはびっくりした顔でチャーリーを見つめ、言った。「お前ら、無名だし、ライブできる場所どこにもないだろ?『ネクストバッターズ』の真似か?」と。

 するとチャーリーは、笑って言った。「俺たちのツアーはライブハウスじゃない。無人駅に寝泊まりしてさ、各地の路上でライブするんだ。俺たちのツアーは、旅なのだ!」と。キックはあきれた顔で、「まだ真冬だろ?東北の寒さ知らないわけじゃないだろ?」と尋ねる。

 それに対してチャーリーは笑いながら、「そうさ、真冬の北日本を巡る。きっと演歌みたいな世界かもしれない。東北、東京、北海道まで。雪に埋もれた町で、ミカン箱があればその上に乗って、俺たちの音楽をこの国の景色に響かせるのさ」と言った。

 キックは困惑しながらつぶやいた。「なんでお前はいつもそんなに楽しいんだ?ネクストバッターズと比べたら、俺たち人気もないし世の中から全く見向きもされてないぜ。」と。するとチャーリーは少しだけ真剣な顔で言った。「有名な人がどれだけすごいか、俺にはわからない。でも俺たちには未来があるじゃないか。むしろ未来しかないんだ」と。

 その言葉に、キックは言葉を失い、小さく笑った。「お前って、本当に変なやつだな。カメムシがさっきからずっとおまえの話をおまえの肩の上で聞いてたぞ」と。

 そう言われて死ぬほど驚いたタケルとカメムシは、タケルがカメムシの背中に飛び乗り、カメムシは羽根をあわててばたつかせ、その場を立ち去った。カメムシの背中で飛行しながらタケルは「スターライトアベニューバンドって、やっぱ、かっけえ!!」、カメムシも「そうだね、僕らも彼らのツアーについていこう!」と喜んで語りあいながら飛んでいくのだった。


#09 Kamemushi Slider " Recording"

 タケルとカメムシは飛行しながら、食堂で聞き耳を立てていた時に聞いた、スターライトアベニューバンドの『レコーディング』という話を聞いて、レコーディングの見学に行くことを決めた。タケルとカメムシは、「スターライトアベニューバンドのカセットの音楽がついに生で聴ける!」と心が躍った。ギターのシールドを15cmので我慢するぐらいだからさぞ立派なスタジオを借りて録音しているのだろうと空想し、タケルとカメムシは、食堂から出てきたチャーリーのパーカーのフードの中にうまくもぐり込み、スターライトアベニューバンドのレコーディング見学に向かった。「あのカセットで聴いた音楽が、目の前で聴けるなんて!」と、フードの中で揺れながら胸を踊らせていたタケルもカメムシも「きっとあたたかくて、間接照明とかある、かっこいい立派なスタジオでの録音だろうなあ。今夜はスターライトアベニューバンドの音楽を聴きながら俺たち安眠できるに違いないぜ~!!」と勝手に想像を膨らませワクワクしていた。

 しかし、チャーリーが授業を終えてたどり着いた場所は、ジョリーのアパートだった。ワンルームでロフトがあり、そこに待っていたのは、カセットのMTRの目の前で真剣な眼差しのジョリーと、静かにパッドドラムを目の前に置いてスタンバイするキース。「これがあの音楽を作ってる現場なのか…?」と、タケルとカメムシはフードから顔だけ出して目を見合わせ首をかしげる。キースが「寒いね、ジョリー」と白い息を吐きながら言うと、ジョリーは「エアコンの音でタイミングがわからなくなるから、エアコン禁止!」と言った。そんな沈黙がずっと続いたあと、ジョリーが突然「よし、今だ!隣の住人が出かけたぞ!」と大声をあげた。

 どうやら、ここでは隣の住人が「うるせえ!」と壁を叩いてくるのを避けて、いなくなった瞬間に録音を始めるとの環境らしい。スターライトアベニューバンドのことならなんでもよくとってしまうタケルとカメムシは「これぞ地下バンド!ロック魂だ!」と妙なことを自分に言い聞かせ納得しようと努力しながらも寒くてフードの表面をティッシュのようにして鼻をかんでいる。

 すると、ジョリーが「マッシュさ〜ん!起きて~!」とロフトに向かって声をかけた。タケルとカメムシは「マッシュって・・・誰?」と顔を見合わせる。しばらくして、ロフトの上から「いつまで僕は・・監禁されるんだ?」という声とともに、寝ぼけているのにサングラスをつけたままのマッシュがゆっくりとはしごを使って降りてきた。

 タケルとカメムシがマッシュを見ていると、マッシュは溜息まじりにぼやき始めた。「君たちにレコーディングのプロデューサーを頼まれて、いいよと言ってしまったのがうかつだった。もう1か月以上ここで隣の人がでかけると録音だと起こされて、隣の人が帰ってくると寝ていいよと言われる。しかも録音は限られたチャンスの時間なのに、何回もミステイクばっかり!!僕はもうやってらんないよ~」とぼやき続ける。タケルとカメムシは「え、プロデューサー?カセットのクレジットにも書いてなかったじゃないか!」と驚きながらチャーリーのフードの中に身を隠す。しかし、ジョリーとキースはそんなマッシュのぼやきにも一切耳にせず、「よし、マッシュさん!録音の時間だ!」と意気込み、目をギラギラさせ、カセットのMTRの前でスタンバイしている。マッシュは「この録音ボタンを押すだけなのに、なんで録音のたびに俺、起こされるんだよ~」とぼやき、チャーリーに身柄の解放を求めようとするが、スターライトアベニューバンドのリーダーのチャーリーは、幸せそうな表情で、床でぐっすり安眠し、熟睡したまま。誰か文句を言ってもおかしくない状況ではあったが、リーダーの威厳はぐっすり眠ることで保たれているらしい。なんとも不思議なチームワークがスターライトアベニューバンドにはあるのだった。

 マッシュは「なぜ真冬に床でこんなに本気で寝れるのか、理解不能だマッシュ…」と呆れながらもダジャレをはさむのだが、録音ボタンが押される前でスタンバイ中のジョリーとキースはピクリとも動かない。タケルとカメムシはチャーリーのフードの中から見学を続けていた。

 マッシュがカセットのボタンを押すと、ジョリーはベース、キースがパッドドラムで演奏を始めた。「今回は成功させるぞ!」「もう1回お願いしますマッシュさん!」が繰り返し続く。その一瞬にすべてを賭ける彼らの本気の姿と裏腹に「ガチャン」という音が無残にも外からして、

 「隣の人が帰ってきた・・」

とジョリーは静かに録音終了を告げた。マッシュはロフトにまた寝に行った。隣の住人が次に出かけるのを待って、はてしないレコーディングの旅がこうしてずっと続くのであった。


#10 Kamemushi Slider " Campus Queen"

 翌朝「すげえ曲ができた」とチャーリー。

 スターライトアベニューバンドのメンバーは「この曲はアパートでの録音は無理じゃないか」「

大学の部室に行って爆音で録音しようか」との話になっていた。

 しかし、メンバーは車を持っておらず機材をどうやって運ぶかミーティングをした。そこでメンバー全員の視線がロフトにいるマッシュに集まった。

 寝起きに「僕、車あるよ」とマッシュが台本があったかのようにつぶやく。それでも久々に外に出るのが嬉しいマッシュは、機材車を出すのをこころよく引き受け、自分のギターを荷台から降ろしてスターライトアベニューバンドの機材を積み込み、自分のギターを路上に置いたままにしたので、ギターを誰かにかっぱらわれてしまうのだった。

 マッシュがギターを置き忘れたことに誰も気がつかぬまま、大学の部室での爆音録音がスタートした。録音機材の準備を整え、マッシュが合図を送るやいなや「キャンパスクイーン!」とチャーリーが曲名を言った後、すさまじい爆音での演奏が始まったのだが、もともと曲自体が短く、演奏はわずか2分で終了し、あっという間にメンバー全員が「お疲れ~!」とハイタッチをして片付けを開始しはじめる。

 「今日はこれで終わり?ああ、せっかく久しぶりに外に出れたのに、もう少し外にいたいよ!」とマッシュは地団駄を踏んでいる。路上に置き忘れたギターのことは完全に忘れたままで。その瞬間、体育館の方向から大きな歓声が聞こえてくる。気になったみんなが録音していた部室を出て歓声があった方へ向かう。

 「ネクストバッターズ・ライブ」と書かれた看板が立っており、スタッフのキックが満員の観客を整理している。

 「お前ら、ネクストバッターズが今日ここで無料ライブやるんだけど、満員で整理券も売り切れだぞ!こっそり見ていくか?」とキックに声をかけられ、チャーリーはメンバーに「どうする?戻ってレコーディングを続ける?それともライブ見ていく?」と尋ねた。ジョリーとキースは「銭湯に行きたい」と言い出した。マッシュも「銭湯、賛成」と言っていたのだが、チャーリーは「今後の参考にもなるからマッシュと見にいく」と言ってライブを見ることにし、ジョリーとキースはマッシュの車を運転して銭湯へ向かうことになった。

 マッシュは不満そうに「銭湯に行きたかった、なのになんで僕もライブなんだ?」と文句を言うが、チャーリーは笑いながら「どう思う?ネクストバッターズって」とマッシュに尋ねる。マッシュは「別に、何とも思わないけど」と答えるが、チャーリーは「そこがいいんだ、マッシュはさすが俺たちのプロデューサーだ」と言いながらにやけている。

 ステージ裏に案内され、幕越しに覗くと、ネクストバッターズが登場し、観客が一斉に手を上げ、熱気が会場を包んでいく。ギターの最初の一音が鳴ると、体育館はまるで嵐のような歓声に包まれた。音が心臓に響くような感覚で、マッシュは思わず息をのむ。観客の盛り上がりはまるで津波のように押し寄る中、キックの案内に従い、チャーリーとマッシュはステージ裏へと進んでいくのであった。

 歓声が鳴り響く中、楽屋に移動するネクストバッターズ。

 これからアンコールが始まるらしい。

 キックは小声で「バックステージパスを渡すから、これ貼って大人しくついてこいよ」と言った。チャーリーは膝に貼り、マッシュはおでこに貼った。マッシュは「キョンシー」の真似をしながらジャンプして移動するのだが、流行から時がたちすぎていて、誰もわからない。

 チャーリーはルパン三世のようなシルエットでキックのあとをついて行き、ネクストバッターズのメンバーに出会うことになる。ところがマッシュはおでこにバックステージパスをつけたまま「キョンシー」の真似をして遊んでいたが、そのままメインステージに「キョンシー」のようなジャンプをしながら進んでいってしまう。タケルとカメムシはその姿に飛行しながら落下しそうになるほど、大笑いで悶絶していた。

 マッシュは何かにぶつかり出会うこととなる。屈強な警備員たちに。

 マッシュはバックステージパスの隙間から警備員たちに驚いてキョンシーのまま後ずさりする。体育館の大観衆が、ネクストバッターズの「アンコール!」の声の頂点に達する。

 そこに後ずさりでジャンプするマッシュがステージ上に登場し、体育館の観客が一斉に彼を見つめ、ざわざわとした戸惑いが広がる。観客の誰かが「…え、これも演出?」と小声でつぶやくと、ほかの観客も視線を交わし始める。やがて体育館には静まりかえる緊張が漂うのであった。

 そのころ、ネクストバッターズがあわててスタッフを呼びに行く。

 出くわしたチャーリーにネクストバッターズのメンバーが言う。

 「不審者がいるから、僕らは出て行けないし、きみ、彼をなんかステージから降ろしてきてくれないか」と。チャーリーは迷った。そして、とっさに思い浮かぶのだった。

 「おれもキョンシーをやろう」と。


#11 Kamemushi Slider " Jump"

 ネクストバッターズのライブのアンコールが沸き起こる中、マッシュがなぜか戻ってこない!?と心配もしてしたチャーリーが「不審者がいる」とのネクストバッターズのメンバーの言葉に「もしや?!」と通路を戻っていくと。ステージの袖から見える大観衆は「…あれ?どうしたの?」という空気が漂っている。マッシュがキョンシーの真似をしながらチャーリーを笑わせようとステージにキョンシージャンプをしながら出てしまったのだ。マッシュは、極度の近眼で眼鏡をかけていなかった。

 チャーリーが一計を案じ、キョンシーのポーズを取りながら舞台にジャンプしながら登場し、片手を前に突き出して、マッシュを中腰のような姿勢にすると、跳び箱のように馬飛びをしてガッツポーズ。観客はなんのことかわからず、一瞬、完全に沈黙になると、チャーリーは「ネクスト馬(うま)ッタ~」と苦し紛れのことを言うが、この「キョンシー寸劇」に観客は大爆笑と拍手の渦。

 ところが、満を持して登場したネクストバッターズにも大爆笑。メンバーの表情にも変な空気が。「…?」と引き気味のところに、ファンの一人がアンコールを唱えるが、観衆は「ネクストバッターズ!」と言ってるように聞こえるが、ほぼみなが「馬ッターズ!」と心に唱えながら歓声を送るのだった。そして、コンサートの幕を閉じたあとも、謎のキョンシーの話題が尽きなかった。チャーリーはマッシュを救出したあと、「撤収!」とマッシュに号令をかけ、裏口から出て高速でスターライトアベニューバンドの機材を車に積み込み、いつものアパートへと全力で移動するのだった。しかし、車は古いミラパルコで、速度は急いでいるのに20kmしか出なかったのだが・・。

 次の日、学校でネクストバッターズのファンたちを中心に「昨夜のキョンシーって誰だったんだ?」と話題が持ちきりに。そんなことを知らずチャーリーとマッシュも、宅録を続けてきたアパートに戻り、ジョリーやキースと朝ご飯を食べながら、ジョリーが「あの銭湯は最高だったな!」と言うと、キースも「マジでリラックスできたわ〜」と会話している。のんびりムードも束の間、アパートの扉がドン!ドン!ドン!と鳴る。緊急事態が発生。キックが鬼のような形相で怒って現れ、ことの状況を早口で伝えるのだった。

 ライブスタッフ全員がライブ後に、ネクストバッターズのマネージャーに呼び出された。「あのキョンシーは一体なんだ?」と詰め寄られ、キックは観念してチャーリーとマッシュの名前を白状してしまう。キックから二人は急いで録音を中断しマネージャーの元へ向かうようにと告げられた。ネクストバッターズの事務所に到着後、マネージャーは、腕を組み、鋭い目つきで足を組んでチャーリーとマッシュを見据えながら怒鳴った。「あのコンサートはファンクラブ会員向けの大切なイベントだったんだ。君たちのキョンシーは頼んでないだろう?ファンクラブ会報で早急に謝罪する。これからネクストバッターズのメンバー全員に謝罪し、その場面の写真も会報に掲載するから、いいかね?」と。

 うなずくチャーリーとマッシュ。キックはなんとか場をやわらげようと「キョンシーって意外とよかったような…」とつぶやくとマネージャーがキックをにらんで「よかったかどうかじゃなくて、しっかりあれは関係がないとの弁明が大事なんだ。ファンクラブのファンを不安にさせてはいけないからな。」と。マッシュは鋭い目で「とても高度なダシャレだ」と心につぶやき、メモをとるのだった。

 その後、謝罪文の作成、謝罪の場面の写真撮影の準備が次々に始まった。ネクストバッターズのメンバーが事務所に入ってきた。「君たちがチャーリーとマッシュか。まさかアンコールでキョンシーが出るとはな…」と呟くメンバー。

 その凍り付く場面で、タケルを乗せたカメムシは飛行しながら眠くなり、ネクストバッターズのボーカルの鼻の穴の中に不時着して、とりあえず暗くて寝心地も良さそうだったので昼寝をし始めるのだった。


#12 Kamemushi Slider " Surfin"

 ネクストバッターズのメンバーが怒りの眼差しをチャーリーとマッシュに向けている中、特にボーカルのKENは内心激怒していたが、メンバーからリーダーとして尊敬されたい一心で「大人の対応」を見せようと必死に落ち着いた様子を装っていた。

 容姿端麗で整った顔立ちのKENは、額に手を当て、まるでプロモーションビデオの主役のようにポーズを決め、ゆっくりとメンバーを見渡した。彼の声は低く落ち着き、「一流のバンドマンのステージのスタッフとしての自覚を持って行動してほしいものだ」と語りかける。重みのあるその言葉に、他のメンバーも思わず姿勢を正す。

「さすがKEN。こういう時も冷静なんだよな…」とメンバーが生唾を飲んで感心する中、KENはさらに気合いを込め、「プロとは、どんな状況でも決して動じないものなんだ。おまえらもキョンシーのまねごとなんかでアンコールで気合をそこねての演奏じゃなかったのか!」と言い切り、自らの「リーダーとしての自信」を言葉に込めた。

 だが、その瞬間――。

 そんな張り詰めたやりとりの水面下で、KENの鼻の穴に潜り込んでいたタケルとカメムシはすっかりリラックスしていた。鼻の穴の中の暗闇と生暖かいエアコンのような適度な温もりに包まれ、「ここ、ちょうどいいなあ!ふわふわしてるしな!」とすっかりリゾート気分ではしゃいでいる。「たくさんヤシの実も生えてるぜ!」と鼻毛を握ると、鼻腔が刺激され、KENは思わず「エ、エ、エックショ~~ン!」と豪快なくしゃみをぶっぱなした。

 「わ~!!」KENの激しいくしゃみでタケルとカメムシはテーブルの上に置かれていたお茶の中へボッチャンと落ちたのだが、タケルとカメムシの順応度は非常に高く、「ちょうどいいお風呂じゃないかあ、いたれりつくせりだわ~」と湯呑の中に浮かんで楽しんでいる。カメムシは背泳ぎをはじめて喜んでいる。一方、鼻を押さえたボーカルは少し恥ずかしそうに咳払いをし、「おめえらに教えてやる。俺たち一流のバンドマンの現場であのようなことを…」と再び説教を始めようとお茶を一口飲んでしまうのだった。

 口の中に流し込まれたタケルは、さすがの順応力。とっさにKENの前歯と前歯のすきまにしがみつく。そこに茶が流し込まれる。タケルの服からは、タイムトラベルでひっついた30年分の臭いが滲み出し、黄色と茶色の服からの汗と言う汗が口内に広がった瞬間、ボーカルの表情が一変した。

 「ウッ…のぐえわおあ!」と喉元に違和感を感じ意味不明な言葉を発したKENは、「おえー!」と何かをどさっと吐きそうになるが、なんとかメンバーやマネージャーの前でかっこつけたい。悶絶しながら耐えるも、再び口を大きく開ける。すると湯呑が口に持っていかれる直前にKENの唇にしがみついていたカメムシが、「おい~!タケル~大丈夫か?生きてるか~!」とKENの口の中に向かって叫びながら、タケルを救出するべく、KENの舌の上にサーフィンをするように飛び乗った。

「ウッ!?」ボーカルの口内で起きたこの奇妙な出来事に、他のメンバーがかけより、口の中をのぞきこんだ。メンバーの一人が、子供のように素直な言い方でこう言った。

「カメムシが舌の上に乗ってるよ」

 KENは、最後の瞬間かと思った。走馬灯のように脳内に映像が流れた。ボンボンとして育った幼少期。親に買ってもらったギターやエフェクターを見せびらかすべく、バンド結成。ライブで人気は出るがどこか退屈な日々。そして、いまこの瞬間、カメムシの臭いとタケルの年季の入った服の汚れの臭いが混じり合った、これまでの人生を総括するような臭いのハーモニー。まさに自分の人生における、最大のスメルズ・ライク・ティーン・スピリット!!

 KENは泡を吹き、顔が真っ青になり「…無理だ…」と言った後、KENをのぞきこんでいたメンバー全員、チャーリーとマッシュ。この場に集まるKENのオーディエンスに向かって、KENの人生の最高のシャウトを放つように、大迫力で全員に向け、嘔吐してしまうのだった。

 全員がKENを置いて事務所から退避するのだった。

 その後は近くのスーパー銭湯とコインランドリーに、目を覚ましたKEN、メンバー全員、チャーリーとマッシュが行くことになり、事務所のマネージャーが腕時計を確認し、「これでは話が進まん!もういい、スーパー銭湯で謝罪の写真だけ撮る!」と一喝。メンバーもすぐに切り替え、風呂上がりに全員タンクトップで、メンバー全員の前でチャーリーとマッシュもタンクトップ姿で頭を下げさせられたポーズでカメラに収まることになった。

 その後、撮影された謝罪写真はファンクラブ会報に掲載されたのだが、ファンの間では「ネクストバッターズとチャーリーとマッシュというキョンシーをやってた人たち、一緒に風呂に入って、仲良さそうじゃん。こいつら何者?」と、さらに語り草になっていくのだった。


#13 Kamemushi Slider " Tohoku"

 チャーリーとマッシュが宅録スタジオに戻ってきて、スターライトアベニューバンドのレコーディングは、はかどっていった。タケルもカメムシもいつも聴いていたカセットの音楽を生で聴けて、彼らのレコーディングを心から応援していた。チャーリーは夜9時になると深い眠りに落ち、まわりのメンバーがレコーディングしていても、いつも寝息を立てている。メンバーたちも夜中にとなりの人がでかけるとレコーディングを始めるが「チャーリーはいつでもどこでも寝れるな!」とジョリーがつぶやくほど、チャーリーはどんなときもぐっすり眠っていた。

 だが、カメムシとタケルは、チャーリーの日々の様子を思い出して悲しくなっていた。

 チャーリーがレコーディング中に眠ってしまうのには理由があった。彼の日常はあまりにも過酷を極めていた。学校が終わると、彼はバイクで病院へ向かう。そこには、事故で入院している母親がいるのだ。母親のそばに付き添い、病室の冷たい床の上に新聞紙を強いて夜を明かすこともあった。仮眠を取る間もなく、朝が来ると、早朝にアルバイトの時間がやってくる。授業が始まるぎりぎりまで働き、学校へと向かう。それが終われば、再び母のもとへ。そして数日に1回はジョリーの家でレコーディングに取り組んでいた。

 チャーリーは夜9時になる頃に体力の限界を超え、気づけば眠りに落ちることも多くなっていた。チャーリーは、一度もその大変さを口にすることはなかったが、メンバーたちもその大変さをうっすら知って、できるだけの力を尽くしチャーリーの作る曲をよりいアレンジで演奏してチャーリーを喜ばせたいと思っていた。

 その夜も、ジョリーとキースとマッシュは、チャーリーが眠っている間、夜中に働く小人の絵本のように、せっせとレコーディングの仕上げ作業に入っていた。誰もチャーリーを責める者はいなかった。むしろ、チャーリーが少しでも休むことができればとさえも願ってレコーディングを続けていた。そして、ついにアルバムが完成した瞬間、メンバー全員が声をそろえ「アルバム完成したよ、チャーリー!」と彼を揺り起こした。

 アルバムが完成し、メンバー全員でチャーリーを揺り起こした時、ぼんやりした目で起き上がった彼は、寝ぼけながらもにっこりと微笑み、

「よかった!完成したんだな。じゃあ次は…ダビングだな、マッシュ!」と呟いて、すぐにまた眠りに落ちるチャーリーを見て、マッシュはコメディアンのように肩をすくめながら小声でジョリーに話しかけた。

 「これさ、ダビング100本ぐらいで済むと思ってたけど、東北ツアーに行くってなったら、1,000本ノックのように1,000本ダビングとかじゃないの?」

 ジョリーはクスクス笑いながら、「まったく、寝ぼけながら『次はダビング』ってすぐ切り替えられるチャーリーって、無敵だな」と続けた。

 その言葉に、カメムシもタケルも笑顔を浮かべながら頷いた。「本当に無敵だよな。あんな過酷な毎日でも、自分の夢を諦めないんだからさ」

 そんな会話が続く中、マッシュが冗談半分で「俺、プロデューサー引き受けたけど、まさかダビングまで・・俺の仕事になるとはな~」と苦笑すると、便乗したジョリーとキースから「頼んだぜ、マッシュ!俺たちはツアーに行くから!」とマッシュの肩を叩き、励ますのだった。

 その時、ジョリーの家の電話が鳴った。画面を見るとチャーリーの祖父からの着信だった。寝ぼけながらチャーリーが電話に出ると、祖父の元気な声が響いた。「おい!お母さん、退院できることになったよ」と。その言葉を聞いた瞬間、チャーリーの目に光が宿った。ずっと抱えてきた不安が一気に消え、笑顔があふれ出す。

 そして、メンバーたちもその知らせに驚き、「おめでとうチャーリー!」「やったじゃん、チャーリー!」と肩を叩き、マッシュは「これで思いっきり音楽に集中できるな!」と微笑んだ。チャーリーは「そうだな!完成したカセットを売りにツアーに出たい。マッシュ、ダビングがんばってくれ!」と。その場の高揚感に包まれながら、チャーリーは祖父に向かって尋ねた。

 「おじいちゃん、母さんが退院できたら2週間ぐらい、バンドメンバーと一緒に東北ツアーに行きたいんだ。家を留守にしても大丈夫かな?」と。

 電話越しに祖父は力強い声で言った。「これまで頑張ったからな、行ってこい。おまえのやりたいことをやってくるんだ。母さんもお前の活躍を応援するはずだ!」と。 

 その言葉に、チャーリーは胸が熱くなり、言葉が詰まった。いつも支えてくれた家族と仲間たち、そして自分が信じた道がここにある。それを確信したチャーリーは、涙をこぼしながらマッシュに力強く「ダビングがんばろう」と言うのだった。マッシュは小声で「チャーリーはお母さん退院で涙目だけど、俺はダビングいやで涙目だよ」とつぶやいた。その小言を聞かずメンバーたちは「これまでの宅録が終わって、これからは東北ツアーだ!」と万歳三唱するのだった。

 スターライトアベニューバンドは大きな夢を見る。そしてマッシュは「プロデューサーを引き受けたが・・カセットのダビングという地味な仕事はプロデューサーがするものなのだろうか?」と心に念じながら、スターライトアベニューバンド東北ツアーの準備は進んでいくのであった。


#14 Kamemushi Slider " Help!"

 タケルとカメムシは、よく聴いていたスターライトアベニューバンドのカセットの完成現場に立ち会えて、大興奮していた。「夢みたいだったよ、カメムシ!タイムトラベル出来て本当に大感謝だな!!」とタケルが笑顔で話しかけると、カメムシも「僕もこの場にこれて幸せだよ!」と目を輝かせて返した。
 しかし、その翌日には、バンドメンバーの過酷な生活も垣間見えた。チャーリー、ジョリー、キースの3人は、次のツアー資金を稼ぐため工事現場で無言でアルバイトをしているのだ。ジョリーとキースは溶接とがれきの撤去、チャーリーはひたすらビルの天井のネジ回し。アルバイトが終わると次のアルバイトへ。このころのアルバイトの時給600円~700円。1990年代の初頭はバブルではあったが儲かっている会社は一部で、どんなに働いても年間103万円以上のアルバイトをするには相当大変だとの現代との大きな違いを知り、タケルとカメムシはスターライトアベニューバンドがアルバイトをする現場の塀の上で、青空を見ながら語らっていた。

 タケルが思い出したようにカメムシへ疑問に思っていたことを問いかける。「そういえばさ、タイムトラベルしてから、なんか全然お腹すかないんだよね…」カメムシはうなずく。「どうやら僕らは現代へ戻るとき、数秒後には現代へ戻っている時間感覚のようだから、タイムトラベル先ででゆっくりしてても、お腹すかないみたいなんだよね」とカメムシが答えると、タケルは「なるほどね!」と納得した。

 すると塀をよじのぼってくる黒い影があり、突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。「やあ。君たちもそうだったのか?」と。タケルとカメムシが振り返ると、塀の上に小さくなったマッシュが立っていた。タケルとカメムシは目を丸くして「え??マ、マッシュさん!?」と声を揃えると、マッシュはにこりと笑いながら、「実は近所の野良猫にここまで運ばれてきたんだよ。僕が小さくなると猫によく遊ばれちゃうんだがね。僕も未来から来たんだ。君たちのこと、うすうす感づいてはいたけど…タケル君は、まだ大きくなる方法を知らないようだね・・?」と言うのだ。タケルとカメムシはさらに困惑し「??」と混乱すると、マッシュがゆっくりとシャツをめくり上げ、へそを見せると、人差し指をへそにくりっと入れて回し始めた。するとなんと魔法がかかったように、次の瞬間、彼の身体がみるみる人間のサイズに巨大化していく!

 タケルとカメムシは「ひええええ!」と声を上げたが、マッシュも「ひええええ!」と声を上げて塀からドサッと落ちた。塀の上で巨大化したので、バランスを崩したのである。さらにおそるおそるタケルとカメムシが塀から落ちたマッシュを覗き見ると、今度は再び草むらに落ちたマッシュが「小型化を試みるから見といてね!」と言い、再びおへそを出して、今度は親指でくりっと回すと、マッシュの体は小さく戻ったのだ。圧倒されるタケルとカメムシ。そこにカマキリがやってきて、マッシュは一瞬で青ざめ、塀にしがみつきながら『ぎゃああ、カマキリだ!』と必死に塀を登るのだった。

 そんなタケルとカメムシの目の前に、1匹のカメムシが現れた。青空を背に、まるで太陽に照らされたように輝く赤と黒の模様を持つカメムシが、しっとりとした笑顔で現れた。そのカメムシはどこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。どうやらメスのカメムシのようで模様に気品があり、タケルとカメムシは見とれていた。するとそのカメムシが「わたし、マッシュさんと現代からタイムトラベルしてきたホンジという名のカメムシです」と照れながら挨拶してくる。突然の美しいカメムシの登場に、カメムシが「あっ、僕はベンチです!」と顔を赤くしながら名乗り、タケルも「僕はともにタイムトラベルしてきたタケルです」とあいさつした。

 その後、マッシュはみんなに提案する。「カメムシは大きくなれないけど、小型化した人間は、いま僕がやったように同じ方法で人間サイズに大型化できるんだ。タケル君、申し訳ないけど、このままだとスターライトアベニューバンドの東北ツアーまでダビング作業が一人では終わらない。よかったら手伝ってもらえないだろうか?」とのマッシュの頼みに、タケルは「絶対、手伝う!スターライトアベニューバンドへの愛が試されるときだ!」と心の中でワクワクしながら、即座に「もちろん!喜んで、マッシュさん、助手をさせてください!」と即答するのだった。


#15 Kamemushi Slider " Tokyo"

   スターライトアベニューバンドは、「青春18きっぷ」を手にし、ワクワクしながら東北ツアーに出発することにした。駅にはマッシュを先頭に、大勢の仲間や友人たちが見送りに集まっていたが、出発の汽笛が鳴り響くと、見送りに来ていたはずの連中がそのまま乗車してしまうというサプライズが待っていた。閑散としていた車内が、あっという間に仲間たちで埋まり、列車は瞬く間ににぎやかな空間に変わった。

 チャーリーが「みんな切符ないけど、どうするの?」と心配すると、「スターライトアベニューバンドの青春18きっぷをみんなで割り勘するべよ!」と誰かが提案し、一同は笑いに包まれた。こうして、東京までの長い道中、仲間たちはカードゲームを始めることにした。ゲームが進むうちに、途中から乗車してきた見知らぬ人たちにも声をかけ、ほとんどの人が巻き込まれ、列車全体が一つの巨大なパーティー会場と化していく。

 賑やかな笑い声が響く中、車両は巨大なババ抜きに。ふとチャーリーの隣を見ると、そこにはタケルが座っていた。タケルはいつの間にかマッシュの弟子ということで、大学のフォークソング同好会の新入生として紹介されていたのだ。タケルはカメラを肩から下げており、マッシュから「スターライトアベニューバンドのツアーカメラマンとして参加してほしい!」と頼まれていた。さらに、バンドのカセットテープの販売も任され、タケルは嬉しそうに「専属カメラマン兼カセットの販売担当」として参加することに。マッシュもバンドにとっては「プロデューサー」として信頼されていたため、メンバーもタケルの同行を当たり前のように受け入れた。こうして、タケルも新たな冒険の一員として旅に加わっていたのだ。

 列車が東京駅に到着すると、見送りのために乗車していた仲間たちはそのままUターンして帰っていった。その中にはマッシュはいなかった。マッシュはダビングをして待ち、売り切れることがあったら発送する担当になっていたからだ。

 ここからスターライトアベニューバンドのメンバーとタケルだけの本格的なツアーが始まる。  

 初日の目的地は日比谷公園。静かな木々に囲まれた公園の噴水前で、バンドは弾き語りを始め、タケルはカメラを手に、バンドメンバーの演奏する姿や集まった観客の様子を丁寧に収めた。カセットは売れなかったが、外国人の家族たちがスターライトアベニューバンドの演奏を楽しんでいた。

 夜になると、メンバーたちは新宿のユースホステルへ向かい、狭いながらも居心地の良い部屋で夜景を眺めながら、翌日からの「東北ツアー」の計画に胸を膨らませ、みんなで地図を囲み、ああでもないこうでないと語らっていた。「東北ツアー」と計画していたのに、話し合ううちまるでボードゲームのように手書きで地図を書きながら、東北だけではなく、東京、新潟、北海道へとツアー先が広がっていくアイデアにワクワクしながら話し合い、ルートを決めていった。

 タケルはそんな様子を写真に収め、スマホではなく時刻表でルートを決める方法がなんともいえずロマンチックだなあと思った。バンドメンバーの楽しげな姿を見つめながら、ジョリーは時刻表に詳しく、「この時間でいくと終電がなくなって野宿しかなくなるなあ」と語り、みんなが大笑いした。季節は2月の真冬でもあった。「新たな冒険だな、冬のツアー!」とメンバー全員が笑顔を浮かべながら、眠りについた。宿泊予定地は、無人駅ばかりである。このツアーが、彼らの人生に忘れられない影響を与える旅になるとは、まだ誰も気づいていなかったのだった。


#16 Kamemushi Slider " Street"

 スターライトアベニューバンドのメンバーたちは、新潟の街へと降り立った。ギターケースを背負い、時は3月。つぼみからもうすぐ花が開花しそうな桜並木の中を歩きながら、彼らはライブハウスへと向かう。新潟WOODYでのステージは特別なものだった。ライブハウスで共演した仲間たちが地元で音楽が好きな人たちに声をかけてくれていたこともあり、会場に集まった観客たちはライブを心を楽しみ、ライブが終わるころには「アンコール!」の大合唱が響いた。その声に応え、メンバーたちは再びステージに上がり、スターライトアベニューバンドの兄弟バンド、新潟のグラフティ・ブリッジというグループとともに最後にみんなでのセッション。新潟の夜に響くアコースティックギターの音色と、歌は、まるで冬の夜に灯るキャンドルのような夜を作り出していた。

 ライブが終わり、その晩は新潟のロックスターである「ヤンマー」がメンバーたちに声をかけてきた。「今夜はうちに泊まっていけよ!おれんちは自由でいいぜ!」と。彼の家は、新潟にある一人暮らしのアパート。スターライトアベニューバンドのメンバーは無人駅ではなく彼のアパートでお世話になることにした。ヤンマーは、ロックの醍醐味を知る男であり、スターライトアベニューバンドのアコースティックな演奏に、さらにロックを加えていったらいいのではないかと心を熱くして語った。ヤンマーの家で過ごす夜、メンバーのほとんどは半目であった。音楽や夢についてヤンマーが語り、レッドホットチリペッパーズの音楽をかけながら踊るヤンマーを、猛烈な眠さの中でスターライトアベニューバンドのメンバーは演劇をみるように鑑賞していた。タケルはトイレにいくふりをして外でへそに指をいれて小型化し、カメムシのベンチと新潟の夜道を歩きながら「音楽にかける熱意はそれぞれ違えど、どこかで同じ道を歩む者同士、分かり合えるものがあるというのが、スターライトアベニューバンドの新潟のミュージシャンたちとの出会いでよくわかったなあ」と語らいながら歩いていた。そしてタケルもベンチも「楽しすぎて、なんだか現代に帰りたくないなあって気持ちにもなってくるね」と同じことを同時に言って、月夜を眺めて笑うのだった。

 次の日、彼らはさらにストリートライブ、新潟タウン情報の事務所に押しかけてのライブ、そこで紹介を受けてラジオ番組に押しかけての生出演、スターライトアベニューバンドの兄弟バンドであるグラフティブリッジとともに新潟中を歩き回った。偶然立ち寄ったストリートアートが盛んな通りで、アートを描く若者たちがいるところでストリートライブを行う。その中の一人、「パンダ」と名乗るアーティストが、彼らに興味を示し、「音楽とアートでコラボしようぜ!」と提案。パンダはスターライトアベニューバンドの演奏を聴きながら、その場で即席のパフォーマンスを披露した。音楽とアートが融合した即興のパフォーマンスは、周囲の人々を驚かせ、新しい絆を深めていった。パンダは「いつか仙台に俺が行ったら、仙台でもコラボしようぜ!」と楽しく語らっていった。

 数日間をグラフティブリッジのメンバーたちと共に新潟で楽しく過ごしたあと、スターライトアベニューバンドは次の街へと旅立つ時が来た。ストリートライブをシャッターの降りたアーケード街で終えると、ライブハウスの壁に「ネクストバッターズ」のチラシが貼られていた。チャーリーがそのチラシを見ると、来月のライブスケジュールに「ロックバンド全国大会・予選出場」と書いてある。チャーリーがジョリーを呼び止め「あれ?俺たちも申し込んでなかったっけ?」とつぶやく。ジョリーは「んだ、これ、忘れてたけど申し込んでた」とつぶやく。キースは「音源の審査か何かあって、マッシュに申し込みを頼んでたよね。プロデューサーだし」と語る。チャーリーはポケットからテレフォンカードを取り出し「残額あったかな」と言いながら、この時代はスマホなどもないため、NTTの電話ボックスを探して、チャーリーはマッシュに電話をかけに、ずいぶん遠くまで新潟の街を走っていくのであった。

 その翌朝、グラフティブリッジのメンバーが駅まで見送りにやってきた。「また、会おうな!」と力強く言って、スターライトアベニューバンドのメンバーは山形・秋田へと向かうのだった。新たに築いた友情に後ろ髪を引かれつつも、彼らは次のツアー先へと歩み始めた。

 彼らは新潟でのツアーを振り返り、「音楽は自分を解放する」「どこかにいる仲間と巡り合う」「自分たちの音楽が、どこまで響くのか試したい」「でも所持金が少ない」など、思い思いの気持ちを正直に語らった。

 ジョリーが昨日の結果をチャーリーに聞くと、「どうやらこの東北ツアーを終えて仙台についたら、すぐに俺たちもロックバンド全国大会・予選というのに出場が決まったらしいぜ」と言った。スターライトアベニューバンドのメンバーたちは電車の中で楽器をかかえながら「全国大会やるだけやってみよう」「ロックバンド全国大会ってロックをもっと取り入れたほういいのかな」「ヤンマーくんの家でほとんど寝てたから彼が何を話していたのか全く覚えていない」「今は小さくても自分たちの音楽を届けたい」「ツアーに出て音楽がもっと楽しくなった」「ネクストバッターズとの勝負。いよいよケリをつけるぞ!」「でも力不足で負けるかもしれない。歯が立たない時はしょうがないから、今度はメンバー全員でキョンシーをやるしかない!」「人々の心に残る音楽が作れるよう、ツアーがんばろうぜ!」と、電車の中で熱く語りあうのだった。

 多くの出会いや思い出があった新潟の街を眺めるスターライトアベニューバンドのメンバーたち。その車窓から見える温かな光景を、タケルは写真におさめながら思った。「いつまでもこの時間が続けばいいのに」と。タケルの肩の上でベンチは、「ロックバンド全国大会か、カメムシにもそんな大会があったら、俺、ベンチーと名乗って、ギター弾きまくりたいな!」とタケルの耳元でつぶやいて、タケルを笑わせるのだった。


#17 Kamemushi Slider " Sun set"

 スターライトアベニューバンドの一行は、「ネクストバッターズを倒せるぐらい強くなりたい」という想いを胸に山形へ到着した。本来であれば『音楽的に強くなるには』との照準に合わせて取り組むべきであるのだが、チャーリーは「ネクストバッターズの欠点は結束力にあったような気がする。バンドの結束を高めるべく、何をすれば強くなれるのか真剣に話し合おう」と提案した。そして「山形と言えば、滝に打たれて修行をする山伏がいるイメージがある」「であれば、山形は修行の旅にしようではないか」と、深めたような、深めてないような話し合いの結果、「あえて辛いものを食べ、まずは舌の耐久力を鍛えよう!」と、米沢市の辛みそラーメンを食べにいくことにした。辛さの段階を最高に設定して、限界ギリギリの一杯を注文することにした。「うわっ、これやばいって!」と一口目から悲鳴を上げるジョリー。キースは「こんなの余裕だぜ!」と豪語しながら、顔が誰よりも赤くなり汗が滝のように流れ出す。チャーリーは「意外といけるかも?なんか楽勝だな!」と言いながら、水を何度も何度も飲みまくる。そして、タケルは普通の辛さのラーメンを食べるが、スターライトアベニューバンドから「いいな、おまえ」との圧の視線を感じながら食べている。結局、3人とも辛さに舌がビリビリしびれ、味覚を失ったのみで終了。それでも「修行の第一段階として舌が強くなった気がする」と帰り道メンバーは語らうが、米沢の路上で演奏したのだが、立ち止まるのは信号待ちの車だけであった。

 その様子を写真でとりながらタケルはなぜか財布からお金をだそうとするとその日に遣う分だけのお金が入っているので、カメムシに何かしているのかと尋ねるがカメムシにはわからない。スターライトアベニューバンドのメンバーに試しにご馳走しようかと思った時は財布のチャックが空かなかった。旅はすべて割り勘だったが、財布の不思議の謎はなぜか解けずにいた。

 次に向かったのは、山形市内の映画館。そこでバンドは「恋愛ものの映画を見るか?それとも強くなるため空手バカ一代を見るか?」で映画館の前で3時間も悩みあぐねていた。「そんな時間があるなら路上ライブすればいいのになあ」とカメムシはタケルの耳元でつぶやく。スターライトアベニューバンドのメンバーは本当は全員が恋愛映画を観たかったが、あえて強さを求めて空手映画を選択。映画が始まると、スクリーンに空手家があらわれて、ピアノの上にジャンプしたと思うと、足の指でボロロンローンと鍵盤を弾くという荒技のシーンが映し出される。

 「あれは絶対に無理だろう…」とあっけにとられるチャーリー。キースも「オレのドラムにも取り入れようとしたって、できない技だ」とショックを隠せない。ジョリーは「ピアノを空中に飛んで足で弾く。発想がすごい。俺もベースを弾きながら飛ぶ練習をしてみようかな!」と。カメムシはタケルの耳元でそっとつぶやいた。「スターライトアベニューバンドって、プロデューサーのマッシュがいないと音楽をマニアックに話し合うとか全然ならないんだね」と。映画館を出たスターライトアベニューバンドの面々は「強くなるって簡単じゃないんだな…」と、まるで自分たちのバンドの強さを高める修行をしたような気分で映画館を後にするのだった。

 その後、山形を北上し、スターライトアベニューバンドのバンドメンバーは日本海の夕暮れを列車の中から見つけ、「次の駅で降りよう」となった。浜辺で本日の最後の修行を終えるべく「それぞれの願いを本気で叫ぶ」という挑戦をすることにした。美しく染まる夕暮れの海に向かって、それぞれの夢を叫ぶ。チャーリーは「日本一のシンガーソングライターになるぞ!」と大声で叫び、遠くでカモメが1回、鳴いた。キースはドラムスティックを空高く掲げながら「もっともっとドラムがうまくなりてえ!」と気合たっぷりに吠え、遠くで焼き芋の車が笛を、プーと1回鳴らした。そしてジョリーは「世界中のみんなが幸せになりますように!!!!」と叫ぶ。

 一同が静寂した。その言葉を聞いたチャーリー、キースは心の中で「なんか俺たち、、、人間の器が小せえかも…」と口には出せずであったが、「よし、これからもがんばろうぜ!」と互いの肩を組んで歩いた。ジョリーの優しさに触れ、自分の夢だけではなく、周りの人々への想いも大切なんだなあと思うチャーリーとキースであった。チャーリーは、もはや海に沈みかける夕陽の中でタケルにも「なんか吠えてみたら?せっかくだから」と声をかけた。

 タケルはあらん限りの声で「スターライトアベニューバンドに会えてよかった!」と吠えるのだった。こうして、スターライトアベニューバンドの山形の修行の旅は、幕を閉じるのだった。

 その夜は秋田に向かう電車の中、スターライトアベニューバンドは熟睡していた。辛みそラーメンで舌を鍛え、映画で強さとは何かを考え、海で願いを叫んで、どこか達成感を得ながら無邪気に寝ているのだが、外は夜の猛吹雪。バンドとしての真の強さを手に入れるのはこれからだが、チャーリーがネクストバッターズのことを思い出し「結束が大事だ」と思ったことをきっかけに修行の道が進み、夕暮れの海で絆が深まった。熟睡しているスターライトアベニューバンドのメンバーを見て、カメムシはタケルに「これで強くなれたのかな?」とボソッとつぶやいた。

 タケルは笑いを必死で抑えながら、安眠するメンバーの写真を撮影するのだった。


#18 Kamemushi Slider " Country Road"

 スターライトアベニューバンドが秋田に降り立ったとき、猛吹雪で何度か電車が止まった。秋田駅に到着したメンバーの顔に旅疲れがにじんでいたのは、JRのアナウンスで「この先は猛吹雪のため運休になります」「え、、無人駅で寝るのは無理だべ~」「臨時便が出ます」「お!やった!」「次の駅は2番線に止まり、4番線から1分後に出ます」「え、、、荷物」。というようなやりとりが2度ほどあり、楽器を抱えて雪の中のホームを猛ダッシュさせられての秋田上陸をしたスターライトアベニューバンドであった。しかし、秋田ではジョリーの実家にお世話になることが決まっておりメンバーは「やっと風呂に入れるなあ!」「洗濯もできるなあ!」「歯磨きも公園じゃないところで出来るなあ!」と語りあいながら元気を取り戻していき、ジョリーの実家に直行するのだった。ジョリーの家に到着すると、ジョリーの家族は熱烈歓迎、スターライトアベニューバンドのメンバー、タケルのことも家族のようにフレンドリーに受け入れてくれるのだった。「やっぱりお風呂っていいよな〜!」とメンバーは交代でお風呂に入り、この旅で一番のご馳走を目の前にする。

 ごはんを食べながら旅の話をみんなで楽しくしているとジョリーが「家でライブしちゃわないか?」と提案。メンバーはごはんをたらふく食べ宿泊までさせてくれる感謝の思いをなんとか伝えようと、路上中心でばかり演奏してきたスターライトアベニューバンドだったが、「家でライブ?それ、いいな!」と立ち上がる。家族が「うれしいなあ、ではごはん食べたらぜひ聴かせてほしい!」となって、急遽、お家がライブ会場に早変わり。和室でメンバーが演奏を始め、家族は「お~、まさか家でバンドが見れるなんて」と言いながらも、キースが叩く電子ドラムの音に合わせて手拍子が始まり、ジョリーはエレアコのベース、チャーリーはエレアコのギターの生音で、小音量ではあるが小さなライブハウスのようにみんなが楽しみ、バンドメンバーも「なんかすごい近い距離で演奏した気がする。こんなの初めてかもな!」と大満足。こうして家でのライブの初演をしたあと、これに味をしめたスターライトアベニューバンドは、ツアーが終わってからとなるが「お宅ライブ」を企画し、いろいろな家の茶の間でライブをすることとなる。

 翌日、メンバーたちは秋田の大自然を満喫すべく、大館や能代のほうへ出発。風景が美しい田んぼ道を歩き、彼らは思わず楽器を取り出し、畑の先に会った空き地で演奏を始める。「畑の中でライブやる奴って、俺たちくらいじゃないか?」とチャーリーが笑うと、「確かにな!でもライブと言うより練習っぽいけどな!」とメンバーも爆笑。観客というよりも人通りがまったくなかったが、演奏の最後にチャーリーがジャンプすると、地面の振動でかかしが顔面から地面に落ちた。「どうやらダイブしたようだ」「地面にな」「もどしとこう」「かかしのスタンディングオベーションだな」と言って大笑いする。タケルは写真を撮影するのが楽しくてたまらないが、演奏や会話を録音できないのが残念と思っていた。「この時代にYouTubeがあれば!」とタケルは何度もカメムシに小声でつぶやいていた。「ああ、チャンネル登録者数は、すごかったかもな。客がカカシしかいないなんて!」とカメムシも大笑いしていた。

 次に彼らは「川口探検隊」と言いながら、あぜ道を移動し、「こっちにいくとジャングル(ただのやぶ)、こっちにいくとガンジス川(たんなる用水路)」と言って、当時のテレビ番組風に遊びながら歩いていたのだが、まったく人通りのない道路に出ると、楽器を並べて路上ライブを始めようとのこととなった。楽器をセットし、景色と一体化した演奏に…と楽器をかまえると、耕運機がのっそり現れ、メンバーは本気でお辞儀し、「お疲れ様です!」と声をかける。耕運機のおじさんはゴトゴト音をたてながら、「おめえたち、青春って最高だな!」と笑顔で通り過ぎていく。

 一方、その頃「ネクストバッターズ」が新たな挑戦に向けて盛り上がっていた。彼らの次のターゲットは、なんと北海道での大ホールでのライブ。ボーカルのKENが「俺たち、北海道を制覇すっからな!」と大声で叫び、全員が「おおーっ!」と拳を振り上げる。マネージャーは「宿を主催がおさえたって。街で一番の高級ホテルだってよ」と。メンバーは「ライブ盛り上がったらシャンパンででも乾杯しようぜ」と、メンバーが楽しそうにレッドウォーリアーズの「バラとワイン」を歌いながら語らう。メンバーの中には「俺がネクストバッターズで一番の人気者になったらソロでデビューするんだ」と心に決めているのが、実はメンバー全員なのであった。会報を読んでいたファンたちが期待で胸を高鳴らせ「北海道まで応援にいかなきゃ」とハガキを事務所に送って来るが、メンバーは自分へのファンレターしか読まない。そこにミミズのようによれよれの文字でマッシュからネクストバッターズの事務所に手紙が届く。そこには「スターライトアベニューバンドも北海道に行くので出演の機会を」と書いてあった。

 ネクストバッターズの事務所では「スターライトアベニューバンドって何?」「キョンシーの奴らか」「どうする?」「無理だろ!」「やめとこ!」「無理無理!」との会話が続くのであった。

 一方、スターライトアベニューバンドは、無人駅を宿泊地としながら、北海道へ向かっていた。彼らは「今日の駅にベンチあるかなあ、、、」と言いながら、カメムシはタケルの肩の上で何度も「くしょん、くしょん」とくしゃみを連発していた。彼らはベンチに寝袋を敷いてよく寝ていたからである。無人駅に泊まり、時には暴走族がトイレを借りにむらがる真夜中に息をひそめて寝床を確保していた。ファンとの距離が近いどころか、暴走族との距離が近い夢を何度も見ることがあった。駅舎のベンチに腰掛けて、チャーリーが夜明けにギターを弾き始めると、「俺も演奏したい!」とジョリーとキースは楽器を弾いて大盛り上がり。 「俺たち、本当のツアーしてるなあ」とバンドは自由奔放な旅をしていた。

 こうしてネクストバッターズは大ホールでのライブと高級ホテルに、スターライトアベニューバンドは各駅停車を乗り継いで、北海道に上陸するときだけの特急券を泣く泣く購入し、食事は1個のおにぎりを三食兼用で少しづつ食べながら向かっていた。ネクストバッターズはエネルギッシュに鏡を前にステージでの美しく見えるパフォーマンスをと、自分で自分に見とれながらリハーサルを続けていた。スターライトアベニューバンドは雑草を顔につけながら、特急券のもとをとろうと指定席の座席で全員が熟睡していたが、ネクストバッターズにはファンの目が集中し、スターライトアベニューバンドには「なんか汗の臭いがものすごい」と指定席の移動を求める客が特急の中で騒がしくなり、完全に貸し切りとなった車両でスターライトアベニューバンドは北海道に向かっていた。ネクストバッターズのファンの間では「いよいよ北海道!」と期待が高まっており、スターライトアベニューバンドを応援するマッシュは手紙を時々スターライトアベニューバンドのメンバーから受け取りマッシュとともにいる綺麗な模様のカメムシとともに「秋田のかかしも観客になったのか・・・!」と大いに喜んでいた。

 北海道でどんな出会いが待っているか、全く正反対のバンドの旅路が続いていくのであった。


#19 Kamemushi Slider " one million dollers"

 北海道・函館、スターライトアベニューバンドはロープウェイの山頂へと登り、輝く百万ドルの夜景を見渡しながら野外ライブを行っていた。観光客や夜景を見に来ていた人たちから苦情が起きてもおかしくなかったのだが、通りがかりの人々から徐々に拍手が始まり、函館から一望できる幻想的な夜景に音楽が溶け込んでいき、スターライトアベニューバンドは温かな拍手と歓声に迎えられていった。彼らはライブ終了後、ロープウェイを降りながら「今日は本当に素晴らしい夜だった」と満足げに語り合っていた。

 一方、同じ夜の北海道・函館。高級ホテルの一室でネクストバッターズが明日のライブに向けて地元のイベンターとの最終打ち合わせを行っていた。しかし、そこで関係者から告げられた事実が、彼らの気持ちを一変させることになる。

「実は、今回のライブは数字上は満員なんですが……ネクストバッターズさんをお目当てに申し込みがあったのは実は0名で、チケット全部を地元の音楽の専門学校に無料で配布したんです」

 その言葉にメンバーたちは青ざめた。詳しく話を聞くと、あまりにチケットが売れず、授業の一環として学生を連れてこれないかと「ネクストバッターズライブ鑑賞券」を大量に学校に送ったとのことであった。チケットは確かに表面上は「売り切れ」だが、ホール代などはネクストバッターズの事務所がすべて責任をとって支払い、かわりに学生たちに渋々ではあるが、観客の大半に音楽の勉強でライブを見てもらう、との状態なのだとのことがわかった。

 この現実に、ボーカルのKENは激怒し、自分の膝に拳を打ち付けると「おまえらがちゃんとPRしないからだぞ!」とメンバーやマネージャーに向かって叫んだ。他のメンバーもそんなKENへの失望を隠せず、苛立ちが爆発し、殴り合い寸前になるまでの口論に発展していく。

 ギタリストのタクヤが言い放つ。「俺はもう出る気がしないね。無料だったらギャラもねえんだろ。それとここのホール代も結局は事務所が払うとか言ってるが、俺たちがどっかでバイトして返さなきゃになるっておちだろ?」と反論する。

 リーダーのKENは「じゃあ、もう出るのやめて、誰が出てもいいなら、スターライトなんとかを呼べよ!」と声を荒げ、場は修羅場のような空気に包まれていく。結局、その夜のミーティングは口論の果てに終わり、メンバーは気まずいまま部屋を去って行った。マネージャーは、本当にネクストバッターズがへそを曲げて出演しないとのことがあると困るため、その晩にマッシュに万が一のネクストバッターズの代役としてスターライトアベニューバンドの出演が出来ないか、連絡をするのだった。

 そして、ライブ当日が訪れる。

 午後、開演間際の大ホール。メンバーたちはお互いに言葉を交わさず、そっぽを向いたまま楽屋でしかめっ面をしていた。リーダーのKENは心の中で「この北海道でバンドはもう終わりかもしれない」とさえ思っていた。会場のざわめきを聞いても、メンバーの気持ちは重いまま、誰もステージに行こうとしなかった。 

 ところが、その時だった。マネージャーが「悪いが前座を入れたからな、前座を見て、気を取り直してこい」と言った。すると地元のイベンターが走ってネクストバッターズの楽屋に駆け込んだ。「会場がすごいことになってます!あんたらの仙台の友人のバンドか?!」と慌てた声で呼びにくる。ステージ袖から見ようとあわてて走るネクストバッターズのメンバーの目に映ったのは、いやいや入場した学生たちが大歓声を上げている。

 「え…?あれがキョンシー事件を起こしたやつ?」 

 ネクストバッターズが見た先には、長引く路上生活ですっかりレゲエミュージシャンのようになったスターライトアベニューバンドで、かつての弱弱しさがまるでなかった。そして、昨夜のスターライトアベニューバンドのロープウェイの上の野外ライブを見ていた観光客が最前列に陣取り、学生たちに「次はネクストバッターズさんたちだよ!」と声をかけている。

 ネクストバッターズが何のことか首をかしげると、手書きのチラシが地面に落ちた。

 「スターライトアベニューバンド見参! 今日のネクストバッターズのライブを盛り上げるべく前座で出演します。ネクストバッターズはすごいバンドです。仙台で超人気のバンドなんです。仙台から函館を盛り上げるべく、前座をしに各駅停車でやってきました!」という、スターライトアベニューバンドの手書きのチラシが地面に落ちていたのだった。

 ネクストバッターズのメンバーは震えていた。不覚にもメンバー全員が泣いた。

 スターライトのメンバーたちはマッシュと連絡をとる中、事情を聴いて、自分たちのライブで声援を送ってくれた函館の人たちを探して、手作りチラシの配布を、ネクストバッターズの無料券が配られた学校の生徒に配布するのを手伝ってもらった。彼らは、「ネクストバッターズを仙台から応援しに来た」とのストーリーを考え、花を添えるように早朝からビラ配りを頑張った。

 プライドの高かったKENの中で何かが弾けた。彼は振り返り、メンバー1人1人の目を真っ直ぐ見つめると「あいつら、どこに行ってもファンがいなくたっていい。自分たちの音楽を響かせるために歌ってるだろ、俺たちはそれが足りなかったんじゃないか・・!」と。ネクストバッターズのメンバー全員が無言でうなずき、楽屋に走って戻り、急いで出番の準備を始めた。スターライトアベニューバンドは大ホールなのに生音でライブを行い、ライトひとつしかない簡素な照明の下で、アコースティックでアットホームなライブを行った。

 「次はネクストバッターズで~す」とチャーリーが照れながら言うと、KENがステージに立つ。そして、最初の一音が鳴り響いた瞬間、会場全体がひとつになったかのように熱気が広がっていった。演奏のレベルは雲泥の差があったが、ネクストバッターズは持てる全ての本気を込めて演奏を始め、学生たちもその演奏に引き込まれ、ライブが終わるころほとんどの学生はネクストバッターズの大ファンになった。彼らのマネージャーは「これまでで最高のライブだ」と言った。心を揺さぶる熱で意気揚々とする学生を引率してきた学校の責任者は「無料の鑑賞では申し訳ない」と言って、ネクストバッターズの事務所が払うべきホール代を学校側がこのホールを借りたことにすると無償になるのでそうさせてほしいとマネージャーに提案してくるのだった。

 ライブのクライマックスに差し掛かり、大ホールは割れんばかりの拍手と歓声に包まれ、アンコールの嵐の中でKENはステージ袖で見ているスターライトアベニューバンドのメンバーに深々と頭を下げ、感極まって涙を流した。スターライトアベニューバンドは照れ隠しをするように3人全員でキョンシーの真似をしながら去っていくのであった。

 その夜、小型化したタケルはカメムシとともに月を見上げながら、スターライトアベニューバンドとネクストバッターズのライブの感想を熱く語り合っていた。北海道・函館での仙台の2つのバンドの「奇跡のライブ」を振り返りながら、「明日は、どんな旅になるのかな、楽しみで今夜は寝れなくなりそうだよ~!」とタケルとカメムシは何度もハイタッチするのだった。


#20 Kamemushi Slider " Blue Dream"

 函館でのライブを終え、スターライトアベニューバンドの面々はネクストバッターズに花を持たせるよう自分たちは姿をくらますような感じで、急いで駅へと向かい夜行列車「快速ムーンライト」に乗り込んだ。その列車は当時、青春18きっぷで乗れる夜行列車で(現在廃線)、メンバーは函館から札幌まで夜の静けさに包まれた列車の車窓を眺めながら旅をしていた。さっきまでのネクストバッターズの華やかなライブがまだ耳に残る中、3人は駅の売店で買った1本の1カップを割り勘で分け合い、ささやかな打ち上げを始めた。街の灯りがぽつりぽつりと窓の外に流れていく中、雪がちらついている。「今日はライブやれてよかったね」と、ほっとした表情で呟き合っていた。タケルは写真を撮りながらこれまでのことを振り返っていた。東北や東京、新潟など各地を巡り、路上ライブや無人駅で寝泊まりを繰り返してきた彼らだったが、夜行列車の静けさは彼らをさらなる成長へといざなっていくようであった。

 札幌に到着した彼らは早速路上ライブを始めたが、そこで珍しくチャーリーとキースが口論になった。電源がないためキースは電子ドラムを叩けず、立ち尽くしているしかなかったのだ。チャーリーは「缶でもなんでもいいから叩いて参加できないか」と、少し苛立った様子で言った。寒い札幌の道端でキースは自分が路上での演奏に参加できない代わりにビラ配りを頑張った。その悔しさからキースはやがて、このツアーを終えた後、生ドラムでの演奏に熱中していくようになる。通りがかった人たちが温かいコーヒーを手渡してくれるのが、彼らにはありがたかった。缶コーヒーを路上ライブ後に乾杯するメンバーだったが、旅の初めにはどんなことも楽しくて笑顔が絶えなかったが、今はどこか思い詰めたような、寂しげな表情を見せるようになっていた。

 「将来のこと、考えなきゃなあ…」とジョリーがぽつんと呟いた。その言葉に、キースもうなずいた。チャーリーは音楽のことしか考えてこなかった自分にふと気づいた。音楽が続けられるかはわからない、それぞれの生活や未来があり、いずれ仙台に戻れば学生の身分にもどるのだ。彼らの前に広がる未来には大きな夢もあったが、好きな音楽には期限があるのか、ないのか、見えない霧に包まれたような不安がつきまとっていた。

 そして、小樽で彼らは夜明け前の運河を眺めながら、レンガ造りの道をゆっくりと歩いていた。静かな海を見つめる3人の背中には、旅の疲れだけでなく、何か大きなことを達成したいという渇望感と、これから訪れる将来への不安から解散して日常に戻るとの選択肢もあった。彼らは言葉を交わさずいたが、やがてチャーリーがぽつりと呟いた。

 「もう、旅も後半に入ったなぁ…」

 その言葉に、ジョリーがうなずき、寂しげに微笑んで答えた。「そうだな、俺も同じようなこと考えてた。ずっとこうしてるわけに、いかないんだろうな」と。

 キースが少し黙り込んでから、静かに口を開いた。「このまま音楽を続けれるかわからないけど、みんなでここまで来たことは、やっぱりすげえよな」としみじみと言った。

 チャーリーが冗談めかして言った。「でもさ、俺たち、こんなボロボロで路上音楽やってるけど、仙台に戻ったら仙台じゃナンバーワンバンドのネクストバッターズとの勝負もあるんだぜ?」 

 その言葉に、3人に笑顔が戻り、しばしの間、遠くまで響く小樽の波の音に耳を傾けていた。冷たい小樽の風が吹き抜けたが、ジョリーは「どうやったら勝てるだろう?」と言った。遠くへ飛んでいくカモメに目を向けながら、チャーリーが言った。

 「何があっても、終わりじゃない。いつもみんながいる」と。その言葉に、ジョリーもキースも静かにうなずいた。それは、それぞれの道を歩んでも、仲間であることは変わらないとの宣言だった。旅の残り日数が少なくなる中で、それぞれに迫ってくる現実があったが、彼らは仙台に戻ってから考えればいい、と少し肩の力を抜くことにした。そして、残りのツアーを頑張ろうと海を見ながら語り合った。北海道・小樽に春の気配が漂い始め、彼らは北海道をあとにし、海を渡って青森へと足を踏み出していった。


#21 Kamemushi Slider " Station Wars"

 1990年代の仙台の中古レコード店界隈は、とても賑わっていた。アマチュアのバンドのカセットテープも店頭で普通に並んでいた。ほとんどが、売り込みに来たミュージシャンが持ってきたものであったが。そんな時代に、スターライトアベニューバンドの音楽を広めていきたいプロデューサーのマッシュは、「スターライトアベニューバンド」の出来立てほやほやのカセットテープをなんとか店頭に置いてもらおうと仙台市内を奔走していた。スターライトアベニューバンドは知名度はないが、彼らの通う大学、ライブハウスを中心にじわじわとカセットテープが売れ始めて、マッシュは少しでもその波を広げようとしていたのだ。

 仙台の狭い路地の階段の上まで、カセットテープを入れた段ボールを持ってレコード店の一つ一つを、マッシュは回っていた。店主に頭を下げ、スターライトアベニューバンドの魅力を一生懸命語るが、どの店も首を縦には振らない。「君さあ、うちも忙しくて、話すときの間に、あ~あ~と何回も言うのはちょっとやめてほしいなあ、言いたいこと、このメモに書いて!」と言われることもあったが、マッシュは諦めなかった。メモを渡すと、今度は「読めないよ~この字!」と半ば投げやりに店から断られようとしたその時、店先でカセットテープを取り出すと光る奇妙なものがあった。店長が見ると、それは…「なんか、きらきらでカラフルな値札、いいじゃん!」と無意識に手を伸ばしてもらえるのだった。

 一息ついたマッシュは自分の部屋に戻り、「いつもすまんなあ、ホンジ」と言いながら、スターライトアベニューのカセットテープをダビングしていた。部屋の机には、カラフルな模様のマッシュと共にいるカメムシのホンジがちょこまかと歩き回っては、カカセットの値札シールの模様をマジックの先に足をつけて足で描き、一生懸命、カラフルな値札作りをしている。しかも、とても手際がいい。「おいおい、また助っ人が来たのか」と、マッシュは笑っている。

 マジックの先を持って、「オレも手伝う」と、もう一匹のカメムシのベンチがマッシュの部屋にいる。マッシュは「最近、しょっちゅう来るなあ、ベンチくん」とマッシュは笑いながら、カセットテープの山をカメムシのベンチの脇に積み重ねていく。実はスターライトアベニューバンドの東北ツアーの間、ベンチはしょっちゅうスリップ(転んで)し、ここにタイムスリップしていた。カメムシのベンチの興味のあることは、カラフルなカメムシのホンジ。実は昔の歌を引用するのなら・・♪愛しちゃったのよ~♪シャラランラ~ン♪(和田弘とマヒナスターズ)というところなのである。

 その頃、スターライトアベニューのメンバーたちは青森にて、これまでの東北ツアーの最終決戦のような、総決算の時間を真夜中に迎えていた。青森でライブをしようと無人駅に寝泊まりしていた彼らだが、今の彼らにとって最も大きな勝負は、暴走族との攻防、まさに縄張り争いだった。寝るところが駅のため、冷え込む青森の夜に、彼らは寝袋にくるまっていたのだが、暴走族の方々が夜中にトイレを借りに無人駅に大勢でやってくるのだった。

 「トイレ、借りるぞ!!!」という怒号がバイクの爆音の合間に聞こえる。

 スターライトアベニューバンドのメンバーには「トイレ、狩りだぞ!」という言葉に、恐怖からそら耳で聞こえるのだった。深夜、さらに駅の周りがバイクの爆音でざわざわし始めた。

 数百台のバイクが唸りを上げて集まってきて、闇夜の向こうから音が響いてくる。まさか…と思うと、暴走族の大軍団がスターライトアベニューバンドのメンバーが寝ている駅舎を取り囲むように集まってきた。トイレは外にはない。スターライトアベニューバンドのいる駅舎の中にある。やるかやられるかのような状況に、スターライトアベニューのメンバーたちは瞬時に団結し、みのむしのように地面を寝袋にくるまったまま這いつくばり、駅舎の窓と言う窓の鍵をかけて回った。暴走族たちはトイレを借りようとしても鍵がかかっているため、扉を蹴ったり殴ったりしはじめる。スターライトアベニューバンドのメンバーはばれないよう、ベンチの下にもぐって息をひそめるのだった。

 「くそ、開かねえ!おめえら、連れしょんだ!」と暴走族はトイレをあきらめてくれたが、暴走族の会議というか、集会が駅舎のまわりで夜通し行われ、スターライトアベニューバンドのメンバーは一睡もできないまま駅舎の中のベンチの下に隠れて身を隠していた。

 夜明けが近づくにつれ、暴走族たちは一人、また一人と帰り始め、最後に残ったのは静かな朝の夜明けの太陽だけだった。スターライトアベニューバンドのメンバーたちは、暴走族が誰もいなくなったことを確認し、寝袋姿のまま無人駅の前の広場に出て行き、まさにミノムシのような姿で「みんな、よくぞ守り抜いたな!寝床は陥落しなかった!」と、時代劇でたとえるなら、戦国時代にいくさで村を荒らされないように、農民たちが団結して村を守り切った!というような安堵の表情で彼らは大きなあくびを3人同時にした。全員が寝袋を着たまま立ってたたずんでいため、どこから見てもミノムシにしか見えなかった。彼らは静かに昇る夜明けを見つめながら、青森での路上ライブに向けて気持ちを新たにするのであった。


#22 Kamemushi Slider " STARLIGHT STATION"

 青森では、人通りの少ない街角に、春先の冷たい風が八戸の街角を吹き抜け、人々が足早に通り過ぎていく中、どこか切なくも力強い旋律が静かに流れていた。それはスターライトアベニューバンドの演奏だった。ふと足を止めた高校生が、その音色に吸い込まれるように立ち尽くしていた。

 高校生は演奏に見入るうちに、ふと勇気を振り絞って声をかけた。「こんな素敵な音楽、自分だけじゃもったいない!」と、勢いよく口を開いた高校生だったが、急に照れくさそうに目を伏せこう言った。「うちでライブをしてくれませんか。友達にも聞かせたいんです!みんなにも聞かせてあげたいんです!」と。高校生は真剣なまなざしで連絡先をスターライトアベニューバンドのメンバーに手渡し、友人たちに連絡を取り、夕方、近所の高校生仲間を呼んでくれることとなった。高校生の家は青森から南下した岩手県北にある小さな漁村で、高校生の部屋は民家の二階。そこに集まった十人ほどの高校生たちの前でスターライトアベニューバンドはライブを始めた。最初は遠慮がちな笑いがこぼれていたのだが、次第に音楽と声と拍手が一体となり、その場は温かい雰囲気に包まれていった。

 ライブ後、バンドは近くの無人駅で宿をとった。寝袋を敷き、少ない食事を分け合い、夜を過ごすつもりでいたが、翌朝、無人駅の扉をコンコンと叩く音がする。近くの商店のおばあさんがコロッケを差し入れに来てくれたのである。「近所の高校生から、あんたたちの話を聞いたよ」とおばあさんは微笑んだ。

 寝袋を着たまま正座をして、スターライトアベニューバンドのメンバーたちはお礼を言い、コロッケを3人で食べた。それはとても美味しかった。おばあさんに何かお礼をしたかったが何も持っておらず、スターライトアベニューバンドのメンバーは、なんとなくうっそうとした雰囲気の無人駅の掃除をすることにした。

 「おい、このベンチ、カメムシの家じゃないんだから!」とジョリーが笑いながらゴミをかき集めると、キースが「いや、カメムシも住みやすい環境が必要じゃないか?」と真面目顔で返す。チャーリーは黙々と錆びた手すりを磨きながら、駅は徐々に輝きを取り戻していった。タケルはメンバーの写真を撮りながら「ベンチ、しばらくもどってこないなあ。。自分だけ現代にタイムスリップして戻ったのかなあ」とカメムシのベンチを思い出しながら少し心配になっていた。半日が過ぎるころ、駅はすっかり見違えるようになっていった。

 ホームに散らばったゴミや錆びたベンチの片付け、枯れ葉拾いが終わり、すっかり生まれ変わった無人駅を見て、おばあさんは「まるで新築にもどったみたいだわ~」と目を輝かせて言った。おばあさんは再びバンドに声をかけた。「うちの商店でライブをやってけねがい?近所の子供たちも喜ぶからね。」と。

 商店の中でのライブには、地元の子どもたちや昨日の高校生たち、近所の大人たちも集まってきた。にぎやかな歓声と拍手が飛び交い、音楽がその商店の活気を出していくようであった。ライブの後、おばあさんは手作りのわかめと漬物とごはん、焼き魚と味噌汁をスターライトアベニューバンドに振る舞ってくれた。スターライトアベニューバンドは久しぶりの人らしい食事を味わいながら、地元の方々と語らい、どこか懐かしく、心に温かさが残る時間を過ごすのであった。その翌朝、街を後にする日がやってきた。

 ホームには、おばあさんと高校生たち、商店で出会った子供たちが並び、笑顔と涙が入り交じる光景が広がっていた。おばあさんは震える手で「さびしくなるねえ、でもまた戻っておいでよ」と握手を交わし、高校生たちは「次はもっと大きなステージでお願いします!」と笑顔で声を掛けた。「次は武道館!無理な時は葡萄園!それが無理ならぶどう糖果糖液糖液体ジュースを飲みながらここの駅のホームでライブしようか!君たち、”ぶどう糖果糖液糖液体ジュース”と噛まずに3回すらすら言えるか~!」とスターライトのメンバーは言って、一同は大笑いするのだった。高校生はだめで、おばあさんはふがふが言いながら「無理だべ、無理だべ」と大笑いした。 

 一両しかない列車が動き出す瞬間、手を振るおばあさんが車窓の窓からコロッケをメンバーに手渡した。チャーリーもジョリーもキースも、目頭を押さえ黙るしかなかった。

 窓越しに見える街の風景が遠ざかるたびに、彼らの胸に静かな温もりが静かに残った。メンバーたちはその街で出会った人々が車窓に映るかのような気持ちで青森の景色を眺めていた。

 タケルはスターライトアベニューバンドの旅の写真を撮りながら、彼らを心から羨ましく思った。自分は現代で何をしてきたのだろう。わからないことがあるとスマホですぐ調べられる。経験したことがなくても経験したことがある人が正解を書いていてくれている。フェイク情報には気をつけなくてはならないが、スターライトのメンバーは旅そのものを楽しんでいる。時刻表はスマホがないから到着した駅でぶ厚い時刻表を調べて次の予定や寝床を決めて進んでいる。きっと僕ならスマホで先に調べて乗り遅れたくないと分刻みで予定を組むだろう。しかし、スターライトのメンバーは半日を乗り換えの見誤りで棒に振っても、路上ライブをし、あるいは旅先を散歩して楽しんでいる。知り合った人たちとの交流を体験していくうち、現代ではこうしたことが起こるのが難しいのではないか、現代は便利になった分、警戒心や監視カメラや法律の制約など、安全と引き換えに自由が失われていったのではないかとの思いさえもタケルは抱くようになっていった。タケルはカメムシのベンチが戻ってきたら、そんな話がゆっくりしたいと思いながら旅をしていた。チャーリーは黙々と列車の中でノートに新しい曲を書いている。

 それが毎日、続いている。

 そして、駅のホームにつくと「こんな曲が出来たんだけど」とバンドのリハが始まる。

 スターライトアベニューバンドがこの旅で奏でた音楽は、ただの旋律ではなく、人と人をつなぐ不思議な力となっていた。チャーリーがこの旅から10年あとに、岩手の県北の街の地元の祭りに呼ばれ、町中にライブのチラシが貼られるとのことが、実際にあった。町中に貼られたチラシには大きく「スターライトアベニューバンドのチャーリー再び!」と書かれていた。商店のおばあさんは祭りのステージにギターを持って立つチャーリーに再会し、「やっと戻ってきたんだねぇ」と笑顔を浮かべたという。この旅の後、おばあさんから「歌が聞きたい」とスターライトのメンバーに手紙が届くこともあった。それが10年後に成就したのであった。街の人も、街にとって大切なおばあさんのためチャーリーに出演依頼をしたのだろう。音楽は人々の心を時に一つにすることがあり、彼ら自身の心にもずっと深く刻まれる宝物となったのである。

 彼らの旅は続く。どんな街に行こうとも、音楽が人々の心をつなぐ奇跡を運び続けるだろう。 

 スターライトアベニューバンドの物語は、まだまだ終わらない。


#23 Kamemushi Slider " Back to Sendai"

 スターライトアベニューバンドのメンバーは、岩手県の盛岡の近くにあるアパートに到着した。その夜、スターライトのメンバーはチャーリーの高校時代の同級生の家に泊まることにしていた。彼は高校生の頃にクリスチャンとなり、部屋には聖書があり、静かに信仰を守ってきたが周囲に新興宗教が多く、勧誘がうるさくて困ると話していた。チャーリーの友人は一人暮らしをしているアパートで、ストレスを感じながら暮らしていた。東北ツアーの旅の疲れもあり、彼の家で交代でシャワーを借りたり、食事をとったりしていると、チャーリーと久しぶりに会う友人は、居間で熱心に近況を話していた。深夜までチャーリーと友人は語らい続けていたが、ジョリーやキースはその声を聞きながら、それぞれの心に問いを抱えていた。信念とは何か、自分たちの音楽とは何なのか。それぞれが思いを巡らせながら、ひさびさに暖かい部屋で寝れるのに、なかなか眠りにつけずにいた。

 次の日、宮城県鳴子温泉に到着した彼らは、チャーリーの父方の祖父母が住む家に足を踏み入れた。玄関に立つと、祖父母は温かく迎えてくれたものの、楽器のケースを見て、すぐに厳しい顔を見せて言った。

 その夜に食事をしながらチャーリーの祖父が「学生なのに芸能活動か?本当にそれで飯が食えるようになると思ってるのか?学生の本分は学業だろう?おまえの母親が事故で退院したものの大変な時に東北での演奏旅行なんかに夢中になって…。」と祖父は言ったが、祖母は祖父に「もういいから、この子たちも疲れているようだから休ませてあげなさい」と言った。チャーリーは何も言えなかった。これまでの東北ツアーはとても楽しかったが、視線を下げたまま、ジョリーやキースに「うちのじいちゃん頭かたくて、すまん。せっかく楽しいツアーが続いていたのに」と、祖父母のいない部屋に移動してから、つぶやいた。ジョリーやキースは借りた布団を畳の上に敷きながら、「仕方ないよ。だんだん僕たちの東北ツアーのゴール、仙台が近づいてきてさ、現実が向こうから歩いてきたのさ」とつぶやいた。

 その夜、チャーリーは祖父と将棋をしながら「僕らの音楽を聴いてほしい」と祖父に言った。祖父は、何も言わなかった。ジョリーとキースは茶の間にやってきて「おじいさんの心配はわかります。でも僕らは音楽が好きで東北各地を回っていろいろな人に会いました。この旅に出る前よりずっと将来のことを考えるようになりました」とのジョリーの言葉に、祖父は小さく頷いた。そして、帰り際に「一曲、聴かせててくれ」と祖父は言い、聴いている途中で尺八をメンバーに吹いて聞かせた。チャーリーの祖父は言った。「すまなかったな、俺の時代はずっと戦争が長かったから、ギターを弾いて歌だのなんだの自由も余裕もなかった。君たちには自由がある。自由であるにはその前に本来すべきことを忘れんことだ、学校にもどって勉強しろ」と。

 ツアーが後半、そして「仙台」という地に近づくにつれ、メンバーそれぞれの胸に、重い思いが募っていく。キースは、電車の中、もうすぐキースの家の近くの駅に到着しそうな時に「祖母がネクストバッターズと勝負をするコンテストの日に手術を受けることを最近知り、どうしていいか迷っていたんだ」と話した。キースにとっての祖母は特別な存在だった。「どっちが大切なんだ?と自分に問いてきたが、どうしようか悩んでいる」と、話した。

 やがて、ジョリーも語りだした。ジョリーの幼いころからの親友がネクストバッターズとの勝負のコンテストの日に海外移住のため旅立つ。見送りに行かないともう二度と会えなくなるほど遠くに行く。ジョリーは最後に見送りたい気持ちとバンドのコンテスト出演とのタイミングが重なり、彼もまたどうしていいかわからずにいた。

 チャーリーは静かに到着の駅に着く前に決断を下した。ジョリーとキースの肩を抱き、東北ツアーの最後に到着する最終の駅に着く前に、チャーリーは穏やかな口調で言った。

 「行ってこいよ、僕らはいつもみんな一緒にいるじゃないか」と。

 そして、チャーリーは言った。

 「俺がステージに立つ。キースもジョリーも大事な人のため、早く行ってあげてほしい」と。

 その言葉にジョリーとキースは涙ぐんだ。チャーリーの目には確かな信念が宿っていた。

 「スターライトの東北ツアーはここで完了。その勝負は、俺に任せてくれ」と。

    ジョリーとキースは駅で降りた。チャーリーはそのまま青春18きっぷで東京へと向かった。

 ネクストバッターズとの勝負のコンテストはその翌日だった。

 チャーリーは東北ツアーの最初に泊まった、新宿のユースホステルに深夜に到着する。スターライトアベニューバンドのメンバーとここにツアーの最初に来た時は、意気揚々とどんなツアーになるか心から楽しみで、みんなで地図を囲み、ああでもないこうでないと語らっていた。手書きで地図を書きながら、東北だけではなく、東京、新潟、北海道へとツアー先が広がっていくアイデアにワクワクしながら話し合い、ルートをここで話っていたことを思い出した。今はメンバーはなく、海外からの旅行者がユースホステルの洗面台で交代で歯を磨いている。スターライトアベニューバンドのメンバーの面影だけが、夜の窓ガラスに映るかのようだった。そこで、チャーリーはいつものようにノートを取り出し、新しい曲を書き始めるのだった。

 チャーリーは翌朝、「ロックバンド全国大会」の行われるライブ会場に一人で向かった。ネクストバッターズとの対決は、会場中の視線を一身に集めるものとなる。出演者受付で事情がありメンバーが参加できなくなったことを伝えた。徐々に集まる観客はロックバンド全国大会のパンフレットを見ながら、ほとんどの観客がネクストバッターズを目当てに、そしてどんなバンドか気になるスターライトアベニューバンドの3人のライブを期待していた。他の出演者たちはネクストバッターズ以外に気になるのはスターライトアベニューバンドだけだったが、チャーリーだけ会場に到着して一人で演奏する知ると、「ソロ出演?仲間割れでもしたのか…?」と、チャーリーの単独出演に対する噂や空想の話が広がり始めていた。

 そこに大幅に遅れて、優勝候補のネクストバッターズたちが到着する。彼らは、「スターライトアベニューバンドとの勝負しか今日は楽しみがない」と車の中で話しながら会場に到着するのだった。その頃、キースは祖母の手術に立ち会っており、祖母の手術の成功を祈っていた。ジョリーは親友の見送りに早朝の空港にたどり着き、親友に大きな花束を贈って手を振った。

 それぞれの時間、それぞれの場所、それぞれの大切な人との時間を選んだ彼らだったが、タケルはチャーリーが楽屋でギターのチューニングをする写真を撮りながら、カメムシのベンチがタケルの肩に止まり、タケルは久しぶりに会うカメムシのベンチに「どこに行ってたんだよ、もう現代にもどったのかと思っていたよ」と小声でささやいた。カメムシのベンチは「チャーリーが一人で演奏するなら、俺が手を貸す。」とタケルの耳元でつぶやいた。「どうやって…?」とタケルが聞き返すと「チャーリーが演奏するとき、助っ人が必要だろう?」とベンチが小声で語る。 

 「え?助っ人?」とタケルは聞き返した。すでにロックバンド全国大会はスタートしており、チャーリーの出番も近づいている。いまからジョリーとキースが登場なんてことはありえない。ところが「すごいことになるぜ」とベンチがタケルの肩の上で胸を張ってつぶやく。

 タケルは、楽屋の一角からチャーリーの姿をカメラ越しに追いながら、ステージに入るまでなぜか心がドキドキしていた。チャーリーは何を歌うのか。誰が助っ人でやってくるのか。客席も「スターライトアベニューバンドって3人じゃなかったっけ?」とパンフレットを手にしながらざわつき始めている。チャーリーが歌いだそうとしたその瞬間、チャーリーのバックバンドとして存在感のある男たちがステージに向かって歩いてくるのだった。

 カメムシのベンチが指揮者のように両腕を上げてタケルに向かって吠えた。

 「最高の助っ人あらわる!」との声が聞こえた瞬間、タケルの全身に鳥肌が走るのだった。


#24 Kamemushi Slider " New Song"

  初めにチャーリーは「昨日作ったばかりの曲です。ディア・マイ・フレンズ」と言って歌い始めた。その歌はこのような出だしから弾き語りで始まった。

 

♪ DEAR MY FRIENDS たくさんの時間が流れて

   DEAR MY FRIENDS おれはいまここで唄ってる 

   DEAR MY FRIENDS 鳥かごのようなこの街で 

   DEAR MY FRIENDS ギター片手に夢を奏でる

 

 その次の歌詞のところで、初めて聞く歌なのにとても美しいハモりをチャーリーのとなりで唄う男が現れる。チャーリーの譜面台を一緒に見ながら、チャーリーの隣に立って歌い始める。

 この出だしでは、観客はスターライトアベニューバンドがバンドの演奏だと思っていたのに弾き語りが始まり拍子抜けして、少しざわざわしていたのにコーラスの男が現れて一気に会場全体が静かになる。ずっと観客が見たいと思っていた、男の声だったからである。次の歌詞から、チャーリーとその男の初めてのハモりが会場を包み込んでいく。

 

♪ おまえのおかげさ 俺がこうしていられるのも

 仲間たちが集まり ひとつのなにかを追いかけることも・・

 

 その次の歌詞からは、赤と黒のチェックのかっこいいステージ衣装を着た男たちが、チャーリーのそばに来て「一緒に演奏してもいいか?」と聞いて、チャーリーはうなずいた。男たちはアンプからギターのハーモニックス、ベースの静かな低音、そして観客たちの腹の底にドスンと響くバスドラの音を奏で始めた。観客は「レベルが違いすぎる、まさしくプロの演奏だ」と語るのだった。次の歌詞からチャーリーと助っ人たちの演奏がまとまり始める。

 

 

♪ DEAR MY FRIENDS 遠い砂漠の向こうにも

   DEAR MY FRIENDS 小さなオアシスがあるはず 

   DEAR MY FRIENDS 凍えそうな寒い夜には

   DEAR MY FRIENDS 肩をよりそって眠ろう

 

 タケルはカメムシのベンチに「どうやって彼らをチャーリーの助っ人として呼べたの?」と聞いた。カメムシのベンチは言った。「あそこにいるじゃないか、おれたちの仲間が。あそこにいる彼が、あの連中たちに事情を話して、いいよとなったんだ。世話になったからって」と。

 タケルがカメムシのベンチの指さす先を見てみると、ステージの柱の影から半分だけ顔を見せてサングラスをかけステージを直視している不気味な男がいる。

 その男、プロデューサーのマッシュ。そして肩にはカメムシのホンジがカセットテープのシール貼りで豆だらけになった手を頬にあてながら、チャーリーの歌を楽しそうに聴いている。

 次の歌詞からチャーリーが一人で弾き語りで演奏を始める。

 彼はこの歌詞をスターライトアベニューバンドのメンバーを思い浮かべて歌うのだった。

 

♪  俺の友達だろ?元気なさそうに笑わないで

 明日はいいことあるさ、昨日よりも今日よりもずっとずっと・・

 DEAR MY FRIENDS

 

 この歌詞のところで、観客席に急いで入ってきたネクストバッターズのマネージャーは拳を震わせていた。彼は小声で言った。「他のバンドの演奏に混ざったら、失格だと知っててあいつら、出やがった・・・」と。だがマネージャーはすぐに顔を上げて心の中で言った。「事務所に怒られたっていいじゃないか、あいつらロックバンドだろ。俺だってロックが好きなんだ、俺が怒られたら今度は俺が社長の前でキョンシーのジャンプをして事務所から逃げるだけさ」と。

 次の歌詞からチャーリーのまわりに助っ人たちが全員集まって、大合唱となる。

 

♪  だからここで言わせて すべての想い出たちに

 ハッピーエンドはこれから、お楽しみはずっと先さ・・

 

 チャーリーが観客席に目をやると、観客席の真ん中に、車いすに乗った母と、母方の祖父がチャーリーに笑顔で手を振っていた。チャーリーは目に涙を浮かべながらまぶたを深く閉じてお辞儀した。観客の一人一人が立ち上がり、ともに唄い始めた。

 母も車いすから静かに立ち上がり、一緒に歌い始める。

 

♪  だからここで言わせて すべての想い出たちに

 ハッピーエンドはこれから、お楽しみはずっと先さ・・

 

 それから助っ人のギターソロが始まり、観客たちはずっとこの歌詞をリピートしながら歌い、大きな合唱の渦となっていった。このロックバンド全国大会が開催となってからの史上最高の大歓声が会場に響き渡り、演奏もクライマックスを迎え、最前列にいた審査員たちは予測不能のこの事態にざわついていた。

 車いすから身を乗り出した母を支えるように祖父が両手で母を支えながら一緒に踊っていた。チャーリーは長い東北ツアーではあったが「今、ここに到着したくて旅をしていたのだ」と、歌いながら、何度も心から思うのだった。

 

 そして、この曲はこの歌詞で締めくくられ、チャーリーの口笛で静かに曲が終わる。観客席に拍手はない。拍手を超えるほどの余韻が、そこにあったからである。

 

♪ DEAR MY FRIENDS そろそろ旅立ちの時間さ

   DEAR MY FRIENDS ドアを開けてもう行かなくちゃ 

   DEAR MY FRIENDS 過ぎたことにこだわらないで

   DEAR MY FRIENDS 明日は明日の風が吹く

 

 DEAR MY FRIENDS

 DEAR MY FRIENDS・・・(口笛)

 


#25 Kamemushi Slider ”march"

 学食は昼休みの喧騒に包まれていた。トレーを手にした学生たちが、焼肉定食やカレー、きつねうどんなど、それぞれの好みのメニューを頼み、笑い声を弾ませながら席に着く。活気あふれる声がテーブルを越えて飛び交う中、学食に置いてある丸テーブルには、いかにも「旅人」といった雰囲気をまとったむさくるしい男たちが集っていた。どこか非日常を感じさせる彼らの周りには、ただならぬ熱気が漂っている。

「それで、どうなったんだよ?」

 その場の中心、チャーリーに向けて問いかけるのは先輩のケバヤシだ。周囲の仲間たちも興味津々で耳を傾けている。

 チャーリーはトレーのカレーを一口頬張り、ゆっくりと口元を拭った。「聞きたい?もぐもぐ!」と、わざとじらすように笑みを浮かべる。

「まあ、簡単に言うと……」と前置きし、チャーリーは語り始めた。

「ネクストバッターズはスターライトアベニューバンドで出演したので規約違反で失格。で、俺たちスターライトアベニューバンドも同じ理由でアウト。」

 一同がざわつく中、チャーリーは肩をすくめながら続けた。「で、結局優勝したのは、子供たちが歌う家族で結成したというファミリーバンドで。アンパンマンマーチが会場で大合唱となり優勝した。」

 その言葉を受け、ケバヤシは驚き半分、呆れ半分の顔で呟いた。「アンパンマンマーチに負けたのか……!」その一言に、周囲の仲間たちは耐えきれず大笑い。笑いの渦の中、チャーリーはカレーを口に運びながら反論した。

 「いや、みんな待ってくれ!」とチャーリー。「アンパンマンマーチ、ほんといい曲なんだよ。結局は俺たちのディアマイフレンズが呼び水になり、アンパンマーチの演奏で会場中が最高潮の大合唱になったんだ。俺も母ちゃんやじいちゃんと肩を組んで歌ったよ。母ちゃんなんて『アンパンマンマーチが今日一番よかった!』って感激してんだから!もう完敗だよ!」

 学食中にこだまするような大笑いの渦の中、ケバヤシが唐突に右手をガッと開き、声を張り上げた。「だがしかし!」全員の注目を浴びる中、ケバヤシは胸を張って宣言する。「お前らの東北ツアーの話、俺はすげえ刺激を受けた!だから俺もやってやる。一人で世界旅行だ!まずはユーラシア大陸横断からだ。どうだ、ざまあみろ!」

 仲間たちはまた爆笑し、ケバヤシの豪語に拍手を送る。だが、その言葉の裏にある挑戦心をしっかり感じ取っていた。

 ジョリーはふと目を伏せて感慨深げに語る。「チャーリー、あの時はありがとな。おかげで親友を無事に見送ることができた。海外の移住先はスウェーデンのマルメって街だってさ。どんなところなんだろうな。なあ、ケバヤシ、世界旅行のついでに行って確認してきてくれよ!」

 続いてキースも言葉を挟む。「チャーリー、ありがとうな。ばあちゃんも無事に退院できて、今は自宅でのんびり過ごしてるよ。……でもさ、ネクストバッターズって本当に男気があるよな。俺、感動したよ。」 

 その場にようやく遅れて現れたマッシュが、トレーを持って座りながら叫ぶ。「なんか熱いと思ったら、親指がラーメンのつゆに浸かってた!」

 その一言でまた大爆笑。彼らは慌てて学食のおばさんに氷を求めに走った。

 タケルはその様子をカメラで収めながら、カメムシのベンチに視線を向ける。「僕ら、いつまでこうしていられるんだろう。できればずっと彼らの未来を追っていたいよ。」静かに呟くと、ベンチが答えた。「それは僕にもわからない。だけど、今はスターライトアベニューバンドの未来を見たいなあと心から思うよ。」

 その時、氷をラーメンどんぶりにいれて戻ってきた友人たちにマッシュが「親指、まだ熱いけど氷ありがとう!」と氷を掴むと、破片が飛び散った。ベンチは「おわわ!」と叫びながら、ベンチの足元に飛んできた氷の破片の上にサーフィンのように乗って滑り出し、勢い余ってタケルの肩にある鎖骨に激突してしまう。

 笑い声が学食中に響く中、タケルとカメムシのベンチが時空の渦に引き込まれていく。現代に戻る、タイムスリップの旅がいよいよ始まった。そしてまた、新たな物語が始まろうとしていた。


#26 Kamemushi Slider ”camera man"

 タケルは公園の芝生の上で目を覚ました。タイムスリップ前にカメムシのベンチとスターライトアベニューバンドのカセットを公園で聴いていたが、時計を見るとタイムスリップした日時から30分も経っていないような感じだった。

 「ベンチ~、ベンチ~、どこにいる?」とタケルはあたりを探してみたが、カメムシのベンチの姿はどこにもなかった。夢だったのか、それとも幻覚だったのかとは、普通なら考えるかもしれないが、タイムスリップから戻った時間が30分もしないような時間だったが、30年以上前の出来事が記憶から消されることもなく、彼の記憶にしっかりと焼き付いていた。

 タケルは公園のあちこちを探し、カメムシのベンチを探した。スターライトアベニューバンドのカセットをかければ出てくるのではないかと、芝生の上に転がっていたラジカセを拾って再生してみるが、ベンチはどこからも現れない。

 タケルは家に帰り、その晩はゆっくり眠り、翌朝の早朝に公園をまた探し始めるのだったが、そこには普通のカメムシが葉っぱの裏にいるのを見つけたぐらいで、「ベンチ!」と声をかけても、あのユーモアいっぱいのカメムシのベンチでは、なかった。人目を気にせずカメムシに話しかけていると、早朝に散歩するお年寄りたちから「なんか変な人がいるねえ」とこそこど噂されたりもした。

 何日も何週間も探していくうちに、タケルはすっかり落ち込んでしまった。大学に行っても、一人暮らしの部屋でカセットを聴いても、友人と遊んでどこかに出かけても、何をしても心が踊らない。スターライトアベニューバンドとの東北ツアーの日々が忘れられず、どこか自分の人生の一部を失ってしまったような気がするほどだった。

 そんなある日、タケルは、「スターライトアベニューバンド」をネットで検索してみた。しかし、情報は何もない。だがしかし、同時期にとても有名だった「ネクストバッターズ」は検索で容易に名前を見つけることができた。ボーカルだったKENがタケルの暮らす街・仙台でショットバーを20年前から営んでいることを知り、タケルはいてもたってもいられなくなった。

 タケルはスターライトアベニューバンドの東北ツアーに同行した時もずっとスターライトアベニューバンドばかり追いかけてきたので、ネクストバッターズのKENとはまったく面識がなかった。そのバーは仙台の国分町というところにあり、店の名は「ディアマイフレンズ」。店に入るとカウンターで無精ひげを生やし、とてもイケオジになったKENが、一人で静かにグラスを磨いていた。タケルはノンアルコールビールを頼んで、壁に貼られているネクストバッターズのポスターを見て「あのポスターに写っているのはあなたですか?」と尋ねた。

 タケルの質問にKENは驚きながらも懐かしそうに笑い、「恥ずかしいな、それ言い当てるの君が初めてだよ」と答えた。タケルは「このお店の名前はディアマイフレンズなんですね」と言った。KENは「昔、スターライトアベニューバンドってバンドがいて、チャーリーって奴が作った曲のタイトルなのさ」と語り始めた。

 タケルは知らないふりをしながらKENの話を聞いていた。KENはあの日のロックバンド全国大会の本番を違った側面から語ってくれるのだった。

 KENは楽しそうに語る。「ロックバンド全国大会のライブで、チャーリーって奴が歌ったディアマイフレンズって曲がすげえよかったの。でもさ、俺も一緒に出たんだけど、大きな会場で、最高の演奏をしたあとでチャーリーの足元を見たら便所サンダルだったんだ。チャーリーは本番前に一人で演奏するのに緊張しすぎて、トイレに行ったんだけど、靴はトイレに置いたまま、便所サンダルを履いてるの気がつかずに本番は唄い切ったんだぜ」と。その話にタケルは大笑いしながら「そのチャーリーさんはいま何してて、どこにいるんですか?」と質問した。KENは「わっかんねえんだよな、あいつがどこにいるのか。でもきっとどっかを旅して、いまも歌ってるんじゃないかな」とつぶやいた。タケルはノンアルコールビールを飲みほした後、スターライトアベニューバンドの行方はわからなかったが、自分のタイムスリップでの先で体験したことが、幻想でも夢や幻でもなかったことがとても嬉しかった。そして、帰り際にカメラを取り出し「この店に来た記念に一緒に写真を撮らせてください」とお願いした。KENは「いいよ。でも、珍しいね、”写ルンです”なんて。今どきデジカメとかスマホで撮るのが当たり前だけど」と笑った。

 帰宅後、タケルはタイムスリップから帰ってきて、あの旅の間ずっと背負っていたバッグを開けてみた。そこにはスターライトアベニューバンドの写真を撮った使い捨てのカメラ「写ルンです」が大量にボロボロになって転がっていた。「僕はスターライトアベニューバンドのカメラマンだったんだよな?」と、タケルは写真を現像したくてたまらなくなった。自転車で町はずれの写真館を訪れると、店主は”写ルンです”を見て驚き、声を上げ、「ずいぶん酷使してるね、このカメラ。現像はできなくもないけど、フィルムに損傷なければいけるかもね。写ルンですで撮った写真を現像するなんて、何十年ぶりだろう?いまはとても貴重だよ」と興味深そうに語った。「フィルムのネガの確認も含めて納期は2週間後になるね」と言われ、タケルは心待ちにすることにした。

 2週間後、写真館まで満面の笑みで自転車で走ってきたタケルは、現像された写真が入った袋を手にすると、枚数が凄かったので写真の重さをずしりと両手に感じた。写真館の店主は「なんとか全部、現像したよ。青春時代を思い出すなあ。この写真、大切にするといいよ」と言った。

 あれからカメムシのベンチとはもう会うことがなかったが、スターライトアベニューバンドのカセットをよくともに聴いた公園のベンチで、タケルが写真館からもらった袋を開くと、そこにはスターライトアベニューバンドのメンバーたちが、あの東北ツアーで生き生きと歌っている姿が写し出されていた。声高らかにギターを弾きながら歌うチャーリー、ベースを弾きながらハモるジョリー、パッドドラムを叩く笑顔のキース。懸命にカメラを構える自分がいて、目の前にいるスターライトアベニューバンドのメンバーの声が今にも聞こえてくるようでもあり、タケルは黙って泣いた。ずっと謎だった。カセットを聴いて、彼らはなんでそんなに楽しそうなのか。カセットで聴き続けた彼らの歌は、歌いたくて歌ってたんだ、僕は撮りたくて撮ったんだとのことが、そんなシンプルな動機からだとのことが、ようやくやっと、理解できた。

 いま、自分は何がしたいのか。

 その瞬間、タケルの心に次々と強い決意が生まれた。「写真は過去を未来に残す魔法だ」「この写真を見るたび僕の心にスターライトアベニューバンドは生き続ける」「無我夢中になれるものがあるって、すごいな」「僕はカメラマンになりたい・・」と。タケルはスターライトアベニューバンドと旅をして、わくわくしながら写真を撮っていたその瞬間その瞬間の気持ちを思い出し、カメラマンになった未来の自分を思い浮かべると、心がとても高鳴るのを感じるのだった。

 そして、写真を一枚づつめくりながら、タケルにとっては忘れることのできない、東北ツアーが鮮明によみがえる。タケルは部屋で写真を壁一面に飾り、スターライトアベニューバンドとの旅を思い出しながら、「カメラマンになりたい」と、何度もつぶやいてはジャンプするのだった。


#27 Kamemushi Slider ”photo"

TOHOKU TOUR


TOKYO


NIIGATA


YAMAGATA


AKITA


HOKKAIDO


AOMORI


IWATE


SENDAI

STARLIGHT AVENUE BAND & producer MASH

photo by takeru


#28 Kamemushi Slider "Kumonosu Trip"

  タケルは部屋でスターライトアベニューバンドの写真を見ていたら、KENの店に行ったことを思い出した。「この写真、KENさんに見せたらスターライトアベニューバンドが今どこにいるか、手がかりを思い出さないかな……?」と。

 タケルは撮影した写真を封筒に入れ、KENの経営するショットバー「ディアマイフレンズ」に到着すると、KENは丁寧にグラスを磨いていた。
「KENさん、お久しぶりです!よかったら昔のスターライトアベニューバンドの写真、一緒に見ませんか」と、タケルは封筒の中から写真を取り出し、カウンターに数十枚の写真をならべた。
 KENは目を細めて写真を見た。
「最近老眼なんだが、これは……間違いなくチャーリーだ。あ、マッシュもいる」とKENはにこやかに笑った。すると店のドアがカラカラと鳴り、銀河鉄道999の車掌さんのような雰囲気のトレンチコートの男が入ってくる。「やあ、どうも」と、声が店内に響く。タケルとKENが誰だろう?と顔を直視すると、いつものサングラスをかけたマッシュがそこにいた。
「マッシュさ〜ん!」とタケルは驚きと喜びの声をあげた。マッシュは「タケルくんを探してタイムトラベルしてきたんだよ」とカウンターに座りながらつぶやいた。

「タイムトラベル?」と首をかしげるKENにマッシュは「コーラをお願いします」と言った。

その瞬間、マッシュの肩の上から小さな声がした。

「お久しぶりね、タケルくん!」その声は綺麗な模様のカメムシ、ホンジだった。

「おいおい、今の誰の声だ?」とKENが困惑する中、タケルはマッシュに問いかけた。
「マッシュさん、いま現在のスターライトアベニューバンドのメンバーには会うことはできる?僕、どうしてもまた会って話したいんだ!みんなと東北ツアーに行ったおかげで、カメラマンになる夢を見つけれたって、伝えたいんだ!」と。
 マッシュは深く考え込んだ後、タケルに答えた。
「いま会うのは難しい。ただ……8年後の彼らになら会える。だって彼らはあの東北ツアーの頃から、還暦ライブをやろうぜって話していたからね。」
「さすがプロデューサーのマッシュさん!8年後にみんなが会うんだね!それまで僕はプロのカメラマンになって、スターライトアベニューバンドの写真をもう一度、撮りたい!」とタケルは目を輝かせながら言った。

「じゃあ、蜘蛛の巣を探さないと。」マッシュが言うと、KENは間に入って激しく反論した。
「いやいや、うちには蜘蛛の巣ないよ!店中ピカピカに掃除してあるだろう?」と。

しかしカメムシのホンジはマッシュの肩の上で触覚をピンと立てた。店内の様子を触覚で探索するようにしていたのだが、KENが掃除道具をしまっているロッカーの方向で触覚が止まる。
「ロッカーの中に蜘蛛の巣があるわ」とホンジは言った。
「誰の声だ?あるわけないだろう蜘蛛の巣なんて!」とKENはロッカーを開けて見せた。

すると、ロッカーの中に使わなくなったエレキギターが置いてあった。そして、見事にギターに蜘蛛の巣がびっしり絡みついてるのだった。
「マジか……」KENは恥ずかしそうな表情を浮かべた。マッシュはカメムシのホンジが蜘蛛の巣に引っ掛かるとタイムトラベルする能力があることをタケルに告げた。KENはマッシュが何を言っているのか全く理解できなかった。
「あの蜘蛛の巣で、8年後のスターライトアベニューバンドに本当に会えるの?」タケルがマッシュに尋ねた。マッシュは「この蜘蛛の巣、かなり古いから、未来に行けるかどうか分からない。古いのだと過去に行きやすくなるんだ、新しいのだと未来に行きやすいんだけど」とマッシュは冷静に答えた。タケルは「もし未来に行けなかったら、どうなるんですか?」と聞いた。するとカメムシのホンジが「そうね、過去に行って、そこで新しい蜘蛛の巣を探してもいいんじゃない?」と手際よく答えながら蜘蛛の巣に少し触れると、周囲が一気に光に包まれた。
「なんだ、なんだ、なんだ?」とKENが叫んだが、その声も光にかき消された。

次の瞬間、タケル、マッシュ、KEN、ホンジは見知らぬ風景の中に立っていた。
遠くに見える3人の姿――それは、果たしてスターライトアベニューバンドなのか?

彼らはどこにたどり着いたのか?その先に待ち受けているものとは……?


#29 Kamemushi Slider "Grape Fruits"

 まばゆい光の中をくぐり抜け、タケルたちが立っていたのは、信じられないほどの古代の田園だった。青々とした稲穂が風に揺れ、のどかな高床式の木造の家々が並んでいる。タケルは中学生の頃に遠足で連れて行かれた歴史資料館を思い出すのだったが、そこは、奈良時代だった。

 「古い言ってもここまで古代に来るとは思わなかった」とタケルはつぶやいたKENは「えー!えー!奈良ーー?!」とパニックになり吠えている。

 ホンジが「ふぅ、この田園の中で蜘蛛の巣を探すのは大変そうね」と触覚を左右にピクピク動かしながらとても冷静な様子で状況を分析するのだったきっとマッシュとのタイムトラベルの経験値が高いのだろう。あたかもファンタジーアニメの魔法使いのようでもある。ところが、初のタイムトラベルをし完全にパニックになったKENは、感情の振り幅が半端なかった。自分が夢でも見てるんじゃないか?と思いながら、やけっぱちになって大きな声で吠えた。「なんとか奈良さ〜なんとか奈良さ〜」と。

 しばらくすると、田んぼで働く3人の男がその声に反応して「なんとか奈良さ?」と言って、ワハハ!と遠くで笑っている。そしてKENの真似をして「なんとか奈良さ〜」と1人が言うと他の2人はハモリだす。男たちは長い髪を耳の脇で結び、素朴な麻の衣をまとっている。タケルたちがいるのも気にせず「あっちの田んぼもこっちの田んぼもやんねばならねえことばっか!まあ、なんとか奈良さあ〜なんとか奈良さあ〜」と歌いながら、タケルたちの目の前を通り過ぎていく。するとタケルは言った。
「待って……あの顔、チャーリーさんジョリーさん、キースさんになんとなく似てませんか?」
マッシュも驚いた顔でうなずきながら言った。
「ほんとだ。先祖かな?でも、コーラを飲んでゲップをする芸人に似てるような気もするけど……まさか、奈良時代の"スターライト奈良バンド"だろうか?」と。

すると、キースにそっくりな男が近づいてきて、マッシュの手に持っているコーラを見るなり、彼は「うめそだな、それ、おら喉かわいたなら!俺にくんろなら!」と言った。ジョリーにそっくりな男も「なんだその黒い液体?おらほの田んぼの水とったのなら?」と尋ねてくる。チャーリーにそっくりな男は「どれ、飲ませてみならい!」とすごんでくる。マッシュは内心「めんどくさそうだな、にしても、なんで語尾に必ずナラと言うのか、、、?」と思いながら静かにうなずき、コーラを男たちに手渡した。すると3人が回し飲みしはじめ、マッシュは「待って、ゲップ出るよ!」と言うが、3人の男たちは「出るわけねえならべよぉ!ゲーーーッ、ポーーーーッ!」と、本人たちも驚くように同時にゲップの破裂音が、静かな田園地帯に鳴り響く。

 「うわ!」とマッシュの肩にいたホンジがそのゲップの空気圧により宙に投げ出された。そして、ちょうどいま出来たてほやほやの新しい蜘蛛の巣に引っかかる。KENは楽しそうに「やっぱ奈良だな!心が洗われるよ〜!ショットバーの狭いカウンターとは大違い!鹿があっちにたっくさんいて、自然もいっぱいだよ〜!」と歓喜の声を上げる中、容赦なく一行が未来に向かってタイムトラベルする強い光が再びあたりを包み込んだ。

 次に彼らが目を覚ました場所は、タケルが行きたかった現代から見て8年後の未来だった。

 小さなカフェのカウンター

 籠の小さなバスケットの中に松ぼっくりやドライフラワー、丸い果物のグレープフルーツ、花梨、レモンがおしゃれに飾られている。そのバスケットの中からひょこっとタイムトラベルし小型化したタケル、マッシュ、KEN、ホンジが映画ETでクローゼットの中で隠れるETのように置物の人形のように動かずじっとしているのだった

 目の前では、還暦を迎えたスターライトアベニューバンドのチャーリー、キースそして先に去年還暦を迎えたジョリーが座り、その店のマスターと話し込んでいた。

 みなさんは覚えているだろうか?ここですこし記憶力のテストである。

 やたらとネクストバッターズを大絶賛していたチャーリーの同級生のキック。この物語の前半のところに出てきたが、さっぱり出番がなかった、あのキョンシー事件の誘い水となったバンドのボーカリスト・キックのことである。

 その小さなカフェの名は”グレイプ・フルーツ”。いつもはレコードをかけ、コーヒーを飲みにくる客が行列を作り並んで待つような仙台の人気店だ。そんな人気カフェとして珍しいライブ・イベントが今日は予定されている。カフェ30周年をかねて、キックが企画した。キックはチャーリーやキースと同じく彼も還暦を迎え、カフェの感謝祭として特別にイベントを企画した。

 カフェの玄関には電飾で飾られ、真ん中に「スターライトアベニューバンド還暦ライブとのポスターが貼られているのだった。この日を楽しみに、少しづつ通りに人が集まり始めていた。


#30 Kamemushi Slider "STARLIGHT AVENUE"

 「還暦かぁ。俺たち、よくここまで来たよな……」

 3人はキックの店でバンドの昔のデモテープを聞き返し、リハーサルを始めることにした。

 

 「これを再現するのか。なんか俺は歌うのがさすがに恥ずかしいなあ。」とチャーリーが苦笑しながら言った。  

 ジョリーが静かに答える。 「コーラスはもっと恥ずかしいぜ、あのおっさんどっから声出してんの?ってなるだろうな、冷や汗、出そうだな。」と。

 キースは懐かしそうにデモテープを聴きながら、呟いた。

 「これ、本当に今日やるの?」と。

 

 その様子を見て、タケルは彼らに「聴きたい!聴きたい!」と心から声をかけたくてたまらなかった。そしてタケルはマッシュに尋ねる。 「どうにかして元の大きさに戻りたい。でも、ベンチといた時のようにへそをぐりぐりしてもなぜか体が大きくならないんだ……」タケルはマッシュの目の前でへそをぐりぐりしてみたが、何も起こらない。

 「ベンチいないからだよ。」とホンジが寂しそうにつぶやいた。

 

 タケルがなんでも知ってそうなマッシュに「ベンチはどこ?」と何度も聞くが、マッシュは困った顔をしている。本当に行方がわからないからだ。  

 

 ちょうどその頃、仙台の定禅寺通りにあるカフェベローチェから、とある人が国分町通りを青葉神社方面に向かって歩いていき、市役所のすぐ近くにあるカフェ「グレイプフルーツ」の前に到着するのだった。  その人が店の前に到着するタイミングと同時にスターライトアベニューバンドがリハーサルで演奏する「ディアマイフレンズ」が流れる。

 

 「やあ、タケル。元気だったかい?」  

 

 店の前に広がる白い光が、ふわりと雪のように舞い、星のように輝き、その中からベンチが現れた。その声に反応し立ち止まったのは、カフェベローチェから歩いて来た、「とある人」。

 それは、カメラマンになった、未来のタケルだった。  

 

 「お〜!ベンチ!ずっと探していたんだぜ」

 未来のタケルは涙ぐんで、そう答えた。本当にずっと探していたからである。

 

 未来のタケルはまさかベンチに再会できるとは予想もしていなかった。

 「ずっといなかったのはなんで?」とタケルがベンチに尋ねると、ベンチは答えた。

 

 「未来のタケルに会いたいと僕は思ったけれど、タケルは現代に戻って、時間がずれたまま時が流れてしまったのさ。会うタイミングが今日になることになった理由は僕にもわからないよ。でもずっと会いたかったんだぜ」とベンチが答える。

 

 未来のタケルは静かに人差し指をベンチの前に差し出した。カフェの中からはホンジがベンチに手を振っている。ベンチは未来のタケルの人差し指に乗りながらホンジにウィンクする。ホンジは思わずカゴの中に照れながら隠れるのだった。それからベンチはものすごく久しぶりに未来のタケルの肩の上に乗り、肩の上で思った。大人になったけれど、親友のタケルがここにいる。ベンチは嬉しくなって肩の上で横になり右に左にゴロゴロして、喜んだ。 

 

 その様子を見ていた、現代のタケルはバスケットのカゴの中で大声で泣いた。大声だったが、小型化していて声は小さいし、スターライトアベニューバンドのリハーサル中だったので現代のタケルは思う存分、泣くことができた。

 

 そんなタケルにKENが近づいてきて、ぶっきらぼうに提案した。

 「おまえさ、ベンチもきてるし、俺がへそをぐりぐりして大型化していいか?」と。

 現代のタケルは泣きながらいいよと言うと、KENがへそをぐりぐりし、突然巨大化するのだった。 誰もいないと思っていた客席にKENが現れ、最初にネクストバッターズの大ファンだったキックが気がつき「いやぁ、久しぶりですね、KENさん!」と満面の笑みを浮かべた。

 

 リハーサルの手を止めて、スターライトアベニューバンドのメンバーがKENと気がつき、開口一番、3人で同時にこう言った。

 

 「ずいぶん年とったなあ、KENさん!」と。

 

 KENは「俺が登場して感動する場面のはずが、なんたることだ」とぶつぶつ言って、急に切れた。「てめえら俺は8年前からきたから、まだ54才なの!!おめえらより6個も年下なんだぞ、バカヤロ〜!」と言ったが、誰も意味がわからなかった。

 チャーリーは「何言ってるのKENさん、僕たちの2個上じゃないか〜」と言い、我に帰ったKENは「そうか、そうだな、あはは〜」と空笑いをするのだった。

 

 しかし、KENにはへそをぐりぐりして大型化した大きな理由があった。 リハーサル中のスターライトアベニューバンドに向け、KENはロックンローラーの魂を燃やし、強く宣戦布告がしたかったのだ。KENは「ぬるいのが嫌いなんだよ、俺は!」と言い、続けて「おめえらここでディアマイフレンズやるなら、俺も混ぜろよ、あのロックバンド全国大会みたいにさ」と吠える。

 

 さすが仙台の大人気バンド・ネクストバッターズのフロントマンである。さっきまで同窓会のような雰囲気を醸し出していたリハーサルが一変した。スターライトアベニューバンドは「望むところだ!」とKENを交えて「ディアマイフレンズ」の演奏を始め、本気のリハーサルが始まるのだった。  

 

 クリスマスのイルミネーションが始まる定禅寺通りの彼方まで、「ディアマイフレンズ」のメロディが流れていった。

 

 未来のタケルがドアを開け、一眼レフのカメラで撮影を始める。

 「お〜、タケルかぁ!」とチャーリー、ジョリー、キースが満面の笑みになる。  

 現代のタケルは泣き止んで小型化したままバスケットの中から顔を出し、その様子を見ていたが、未来のタケルとベンチ、スターライトアベニューバンドとの再会の場面を見て、とてつもなく幸せな気持ちでいっぱいになり、未来の目標にしたいと心から思うのだった。

 

 未来のタケルは颯爽とシャッターを切りながらベンチと自然に語らう。流れるように会話が続き、とても久しぶりに語らうような感じではなかった。

 

 タケル:最高のものは過去にあるんじゃなく、未来にあるんじゃないかな。 

 ベンチ:あのロックバンド全国大会より、いい演奏じゃないか?  

 タケル:旅は最後がいつになるかわからない。でも続きがあったんだな。  

 ベンチ:夢や希望があって、進んでいくうちは続きがあるんじゃないか。  

 タケル:そうだな、ディアマイフレンズ最高だな。

 ベンチ:そうだな、今も、あのツアーは続いてるぜ、、、

 

 その2人の小声での会話をよそに、キックはライブに入場したい人たちを、店の前に並んでもらい、最初のお客さんを店の中に案内した。今晩のスターライトアベニューバンドのライブを楽しみにしながら、寒空の下で待っていた最初のお客さんはドリンクのメニューを見てジンジャーエールを頼んだ。

 

 ジンジャエールの向こうには、今リハーサルを終えたばかりのスターライトアベニューバンドとネクストバッターズのボーカルKENがライブ前に円陣を組んで手を合わせている。  

 まるで無数の流星のようにグラスの中、ジンジャーエールの泡がさまざまな思い出を乗せて登っていく。

 いよいよライブが始まる。その最初のお客さんとは、いま、読んでいる「あなた」なのだ。

 

                                                 (完)


DEAR MY FRIENDS /スターライトアベニューバンド