FUYUNO CORONA

ラリー船長のコロナに関する体験談をドラゴンクエスト風にお届けします。



#00 Openning Talk

(前書)2023年の年末に「まさか」とは思ったが新型コロナウィルス感染症に感染した。感染してすぐ思ったのはこれまでかからずにいたので永遠にかからないのでは?という希望的観測があったのだが「ついにきた!」という感覚もあった。いまは無事に回復し通常の日常に戻ったが、これまで恐れてきたのは何だったのか?なってみてわかった!ということも多々あったため、カメムシライダーの小説を書き終えしばらくここはお休みしようかと思っていたのだが、自分自身も含めまだ記憶が新しいうちにここに思ったこと、感じたことを書いていこうと思う。コロナについてはそれぞれ症状が違って出るとも広く言われているためここに書いたことは必ずこうなるというものではなく、あくまで私個人の体験をもとにして書こうと思うが、まだなったことのない方やなったばかりで孤独感を感じている方、これまでなったことのある方が振り返りたい時などに読んで参考になることがあるのなら、そのような思いで書き始めたいと思う。題して「冬のコロナ!」よろしくお願いします。


FUYUNO CORONA #1 "38.8"

コロナとなった。頭が真っ白になった。熱が出始めて抗原検査を自分でした時は陰性だった。インフルエンザかな?と思って病院に行くと検査があり待ち合わせ室で待つこと10分。名前を呼ばれて診察室に入ると医師から神妙な声で言われた。「新型コロナウィルスの陽性です」と。「ん?」鼻声で聞き返してしまったが、まさか自分がなると思っていなかった。晴天の霹靂という言葉があるが、このような瞬間に使うのだろうか。スマホで見ると「青く晴れた空に突然におこるかみなりの意から、思いがけず起こる突発の事変」と言う。思わず医師に頭の中ではわかっちゃいてもこう聞き返した。「仕事は無理ってことですか。数日やすまないとなんですか」と。人にはこれまで陽性になったときに国の通知などをみながらその時に必要な判断基準みたいなのを調べて答えたりしていたが、自分がなってみたら「自分はどうなるんだろう」と頭が真っ白になるものである。医師からは「ゆっくり5日間は休んでください。症状がおさまったらお仕事に復帰していいですが、それまで対処療法になるのでお薬をだしておきますね」とのことであった。熱は38.8度をキープした状態だったのだが、会計を済ませて薬局に行くまで薬局は病院のすぐお隣なのにとても遠く感じた。いろいろなことが頭によぎる。空白となるこれからの5日間、どこにどんな連絡をして、これからどのように過ごせばいいものなのか。熱のせいか頭がまったく回らず薬局で薬を待つ時間がまるで数日に感じるようだった。まわりに薬待ちの方がたくさんいるところで名前を呼ばれたが薬局の人から「今日はどうされましたか?風邪ですか?」と薬剤名だけ見て聞かれた。「コロナです」と答えるのが周囲に相当心配をかけるのできついなあと思った。外来は発熱外来で時間や入口を分けて診察したのに薬局は同じ場所でなのだ。「コロナです」と勇気を出して答えて薬を受け取って外に出た。これからコロナとどう向き合うか。熱で頭は回らないが、心の中でさまざまなパズルにならないパズルのピースのような不安や心配や用事をどうするかなどの思いが降ってきて「これがコロナか」と歩きながらつぶやいた。

FUYUNO CORONA #2 "Dragon"

みなさんはドラゴンクエストというゲームをやったことがあるだろうか?僕の場合、ファミコンで「ドラゴンクエスト1」は夢中でやったが「2」の途中でバンドに夢中になり、すっかりゲームを離れてから数十年の時間が流れている。ここからはドラゴンクエスト風にコロナの体験を書いていきたいと思う。そういえばドラゴンといえば、今年は辰年だった。ドラゴンクエストの2からは主人公に仲間が出来てともに闘うが、ドラクエ1は・・勇者がたった一人で闘った。コロナになった時はどうか。それは完全に個室の戦いであり、仲間とともに同室で一緒に戦うということはない。入院であっても個室での戦いに違いはないだろう。僕は病院から歩きながら、コロナになった時の装備品は何が必要なのか?必死で考えながらメモをとった。役に立ったなあと心から思うものをここに書こうと思う。あくまで一例なので必ずすべての人に当てはまるというものではないが、僕は個室にあってよかったなあと思ったものを処方された薬とともに、ここに書いておこうと思う。

〇個室の装備として必要だと思ったもの

冷えピタ、氷枕、ティッシュ、水、コップ、トローチ、体温計、のどあめ、加湿器

〇医師から処方された薬

カロナール1日2錠、ツムラ人参養栄湯エキス顆粒1日2包、トラネキサム・ムコダイン1日3錠

この装備と薬での個室での生活が始まる。いよいよ次回から、コロナとの闘いという、冒険の旅の幕開けだ!!

FUYUNO CORONA #3 "Quest"

ここでふと疑問が湧く。ドラゴンクエストの勇者は、最初から勇者になりたかったのだろうか?ゲームの始まりはお城からだが、もしかして村人Aになりたいと思っていたのに勇者になったということはなかったのだろうか?村人Aになり「この町はどこですか?」と聞かれるたび永遠に「仙台です!」と答え続ける・・そんな役割を担いたいドラゴンクエストの世界で!と思っていたのに、勇者として城に呼び出されたという可能性はないのだろうか?僕はコロナにいつ感染したのかがよくわからない。コロナになる前は大勢の人のいるところに行きウィルスを吸い込んで感染するとのイメージが強くあったが、「あれ、頭痛がするなあ」とか「喉がなんとなくいがいがする」と思ったのは、一人で外にいる時だった。コロナに感染前は「あの時うつってしまったのかもしれない!」と自覚があるような感じなのではないか?と勝手にイメージしていたのだが、どこかでもらったのだが、症状が出てきたのはしばらくたってからだったのではないか?との自覚がある。村人Aのような気持でずっといたのに急に熱が出始めて気がついたら、お城ではないが病院で「陽性です」と言われていたかのような感覚だ。その宣告を受けてから5日間は個室で耐え忍ばないとならない。僕はドラクエではないのだが、どんなモンスター(症状)に出くわしていくのだろう?不安や心配が頭の中にめぐってきたのだが、ここから本格的な戦闘がついに始まるのであった。

FUYUNO CORONA #4 "3days"

ドラゴンクエストの勇者となって、いきなりレベル1なのにレベルが上がってからでないと倒せないモンスターのいるところに行くとどうなるだろう。こん棒と布の服というような装備で、ラスボスの近くに出てくるモンスターと対峙したら一発でスタート地点に逆戻りか、逃げるボタンを押すしかないのだがレベルの高いモンスターは簡単に逃げるを見逃すはずがないのである。コロナになって最初に食らったのは高熱と頭痛であったが、これはけっこうきつかった。高熱はすぐに上がり、頭痛は真夏にかき氷をたべてキーンと頭が痛くなるようなものが突然やってきたのだが、僕の場合、最初の3日ぐらいはずっと高熱と頭痛が続いた。よく風邪になると厚着をして汗をかいて熱を放出したほうがよいと聞くが、コロナの場合は薄着をして布団を厚めにしたほうが楽だと書いてあるサイトがあり、そのようにしてみたら本当にそうだった。高熱が出ている間、なんとなく僕の場合は体の皮膚の表面がちくちく傷むような感覚があり、厚着をしていると気になって数時間寝たらまた起きて、というような断続的睡眠にさいなまれた。薄着といっても真冬なのでぶ厚いものではなくて、動きやすいスウェットのようなもので十分だったが布団の中で身動きというか寝相が自由にとれるようなものが安眠できる感覚があった。また、夜は熱があがり頭痛も伴奏し寝苦しいので熱が上がっている間は昼夜逆転はやむをえないと思った。これは最初はスライムから始まるよ、という感じではなかった。じっと自分の免疫を信じて休むしかない、それが最初のモンスターと闘う唯一の方法であった。

FUYUNO CORONA #5 "Water"

コロナとなり鼻水とのどのかすれや痛みで苦しんだ方が多くいたことだろうと思う。僕も例外に漏れず鼻水とのどのかすれや痛みにさいなまれた。コロナの最初から最後までそれは続いていたように思う。かかりはじめの最初は「あれ?風邪かな?」というレベルだったが、熱が下がり始めたころから鼻水はずいぶん固い感じに変化したような気がした。おそらく呼吸器になんらかの疾患のある方が苦しいというのはこれか?と思うような感じだった。喘息のようにぜいぜいなる感じではなかったが、鼻で息ができず痰がたまっていくような感じだったので、呼吸が浅くなり断続的に目が覚めて酸素は大丈夫か?と思うようなときが何度かあった。人工呼吸器やエクモが必要になる人がいる、というのもうなずける。コロナの場合、重症化した場合に本人が連絡できる状態であればだが、自分では連絡取れないというぐらい具合悪くなっても個室で「じっとしてればなんとかなる」と思っているとどんどんきつくなるというケースもあるかもしれない。救急車!と呼ぶときも遠慮が働くかもしれない。それでもきっとSOSと発信できるかできないかというのはとても大事なことなのだろう、と息苦しくなり何度か思うこともあった。水分をと思っても喉が痛い時はつい喉の痛みを避け水分をとらないでしまうことがある。経口補水液やポカリやアクエリアスなど少量でも飲みやすいような感じの水分補給のドリンクは在庫としてあると楽かもしれない。でも糖分が強いものは頭痛につながるとも聞く。加湿器も喉の痛みがなんとなくやわらぐ。高熱で立って歩くのがしんどいとき、喉がひりひりする時は水分を補給するドリンクや加湿器があるだけでなんとなく安心するものだ。水蒸気のスモークオンザウォーターだ。

FUYUNO CORONA #6 "5days"

喉が痛くて食欲がわかないときに役立ったのはアミノバイタルと書かれているゼリー状のドリンクだった。ツルハドラッグなどで買えるが、食事や睡眠が重要となるがどうしても食べられないくらいの高熱が続くときにこれはとても役に立った。コロナになると体力を消耗するが想像以上に喉が痛むのでアミノバイタルを飲んで休むといくらか栄養補給ができるような感じが僕はした。4日目にはだいぶ症状が軽くなったが、最初の3日間は熱が上がっている間は頭が痛い、熱が下がってくると喉が痛くなる、眠りは断続的で昼夜逆転してしまうというのが続いたが、4日目になると、鼻をかみすぎて鼻のまわりがかさかさになり、喉の痛みがやわらぐと痰がたくさん出てくるというような感じになっていった。痰はけっこう厄介で呼吸が苦しくなる人は痰に悩まされるという人も少なくないのではないかと思った。また、症状がやわらぐころから体力的にも回復してくるので起きている間、なにか労働したくなる欲求が湧いてくる。僕はパソコンで出来る作業やスマホで文字で伝達する対面ではないことについては徐々に出来るようになっていた。それでも回復期はまだ体力的に弱っており小さなことでも疲労感をおぼえるので、くつろぐために本を読んだり、動画を見たり、音楽を聴いたり、そして眠くなったなら自然にまかせて寝るということを繰り返していった。5日を過ぎるとだいぶコロナの感染力のある咳は弱まると聞いていたが、痰はまだ続く状況であり、咳もゴホゴホっという感じがあったのと倦怠感はずっと続いていた。味覚障害というものは僕の場合、全くなかった。

FUYUNO CORONA #7 "Music"

「楽器と本は使う人のところにやってくるもんだ」と誰かが言っていた。コロナで朦朧としながら「本当にそのとおりだなあ、でもCDもだなあ」と思った。そこで中古CDで買ってはいたがまだ聞かずにいたCDを開封し、1枚づつ聴いていった。これはいらなかったなあと思うCDもあれば、すごいいいじゃないか!と換気じゃなくて歓喜したくなるようなCDもその中にあった。一番よかったのは、「愛は勝つ」で有名なKANさんの「6・9・53」というアルバム。ラジカセに入れて聴いたら「コロナ期間中もうCDは変えなくていい」と思うほど名盤で、ずっとヘビーローテーションしていた。なんと素晴らしい才能なんだろう。音楽愛に満ち溢れている。それから読んでなかった音楽雑誌も読み始めたのだが、ある程度読むと眠くなるのでこれもまたよかった。真剣に聴く、学ぶというのは体力的に難しい中の気分転換にCDや音楽雑誌を楽しんだが、少年の頃のような気持を思い出し、体調は悪いが、気持ちは元気になったらなにをしたい、こうしたいああしたい、との気持ちが湧いてくるようだった。喉が痛くてしばらく唄うのが無理そうであれば、このようなときにギターを研究してはどうか?とギターに関する音楽雑誌も熟読していった。普段あまり注目していなかったストラトが気になるようになった。そういうことを考えているとなんだか免疫が上がるような気がした。だんだん5日目を過ぎるころになると活力というか元気が湧いてくる感じがした。

FUYUNO CORONA #8 "Walk"

コロナの療養期間に対決したモンスター(症状)たちとは、体力的な戦いよりも精神的な戦いのほうが振り返るとラスボス感がでかかった。個室から外には出ないようにするが、体力が回復してくると活力が湧いてくる。活力が湧いてきてからは大丈夫だったが、活力が湧かない時にコロナについての情報を得ようと様々なYouTubeチャンネルを聞いたのだが、「ここで止めてもう寝よう」との自制がきかない状態というのは非常に危険な状態なのだとのことがよくわかった。フェイクニュースではないのだが、コロナになると後遺症はこうだああだ・・というものから始まり、不安や心配をあおるような動画を見続けていると情報収集が止められなくなり、雪だるまのように体調面の心配が過度にふくらんでいく。寝るしかない、とどこかでブレーキを踏むというのが、体調が思わしくないときにブレーキを踏むのもパワーがいることであり、ただ気持ちが前向きになれれば終わりではなくブレーキを踏んで休むということも非常に重要なんだな、ということを今回はとても学んだような気がしている。そんなときに自分では制御が出来そうもないことがあったときに信仰があってよかったと思ったことも何度もあった。祈ってもう自分では制止するのが難しいから、自然に眠くなるよう休ませてほしいと心の中で祈ると不思議に平安な気持ちになり眠れることがよくあった。熱がある間は理解力がいまいちと感じることも多く聖書を開くことをお休みしていたのだが、元気になってきてから少しづつ日々の通読も回復していくに至った。カーテンを開け、昼に空を見るのも気分転換になった。歩かずとも心は旅ができる。元気になったらまた新しい景色をみにいこう。そう祈りながら天井を眺めて日々を過ごした。

FUYUNO CORONA #9 "7days"

コロナとなる前は自由に日々を過ごしてきたので、突然の5日間の個室療養というのは全くの予想だにしない体験でもあったが、体調が急降下しての最初の3日が過ぎ、4日目5日目からは徐々に回復といった感じの中で離れていて会えずとも心配してくれる方々の存在はとても大きかった。また、コロナがこれだけ世の中に増え続け、すでになったことのある経験者から会えずともメールなどで必要な情報をいただくことも励みになった。病院から処方されたお薬は、対処療法と聞いていたので熱が下がればカロナールは飲まなくなったし、半分ぐらい薬は残ったまま5日間の療養が終わった。抗原検査も念のためしてみたが陰性となった。が、体のだるさと鼻水やのどの痛みはまだ残っていたので自分は年末年始のお休みとあわせて休めたのでラッキーだったが、5日終わってすぐに仕事へ!というのは人によっては結構大変なことなのでは?というのが体感的にわかった。後遺症と聞くと、「よくなったがまだ症状が残っている状態」とイメージしていたのだが、体感的には「本当は完治して完全復帰したいのにまだなんか残ってるの、本当にやだなあの状態」という感じが僕の中にはあった。世の中的にもまだ感染したことのない方には恐怖を与えてしまうものではないかとの思いもどこかにあった。6日目7日目となるころには「ちゃんと寝てない」「ちゃんと食べてない」が翌日の体調にとても影響するんだな、ということもわかった。そして僕の場合8日目にやっと個室を出て、もとの生活に戻ろう!と自信がもてるようになった。外に出たとき、何とも言えない爽快な気持ちになった。

FUYUNO CORONA #10 "Come Back"

本日で「冬のコロナ」シリーズは完結する。僕はその後しばらくは鼻水と喉の痛みを感じていたがコロナになって10日過ぎるころにはその症状もほとんどなくなった。そして通常の生活に戻り、聖書にこう書かれていることを身に染みて感じていた。新改訳聖書の伝道者の書(3章1~2節より)1)すべてのことには定まった時期があり、天の下のすべての営みに時がある。2)生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を抜くのに時がある。そして、個室から外を出て歩くとき、同じく新改訳聖書の伝道者の書(3章11節より)11)神のなさることは、すべて時にかなって美しい。とのことを身に染みて感じながら歩いていた。マスクはまだ外せない日々である。しかし何に恐れていたのか、体感としてわかった。それがコロナになってよく学んだことである。なった人は大変であり、なるまえに気を付けるべきこと、なってからも悲嘆せず、希望があるのだと思って歩んでいくことが大事なのだろうなあと実感した。ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。いつかまた元気にお会いできる日を楽しみに、感染に気をつけながら歩んでいきましょう!アディオス!